ファイアーエムブレム「紋章の謎」のミディアが少女時代に日記を書いていたら……
これは7ページ目。騎士見習いのミディアは、王妃とニーナ姫の護衛をしています。
2004年4月30日UP
アカネイア暦596年11月12日
きょう、とんでもないことがわかった。
きっかけは、ノルダの警備隊とアカネイア騎士団の恒例の合同演習だった。親睦を兼ねて、ノルダの警備隊の半数が毎月三日ずつ交替でアカネイア・パレスに来て騎士団と合同演習するんだけど、今月はナバールとアストリアがその順番だったのだ。
わたしたち女性の騎士見習い一同も、合同演習に参加した。
で、演習が終わったあと、わたしたちはお風呂に入ることにした。お風呂って、家ではずっと、わかしたお湯を瓶で運んできて、ひとり用の浴槽に注いで入ってたんだけど、王宮では違う。
王宮では、王妃宮だけで大きな浴槽を持つ浴室が二つもある。お湯を運んでこなくても、お湯が管を通って浴槽まで運ばれる仕組みになっていて、浴槽はいちどに何人も入れるぐらい広い。
浴室の一つは王妃さまと王女さまがたのためのもので、もう一つは侍女たちのためのものだ。もちろん、わたしたち騎士見習いは、侍女たちの浴室を使わせてもらっている。
で、お風呂に入ろうってことになって、 「ナバールを呼んでくる」って言ったら、みんなけげんそうに、「だれ、それ?」とたずね返してきた。
「ノルダの警備隊でただひとりの女剣士よ」
「ノルダの警備隊? 女の人なんていなかったでしょ?」
「いたのよ。少年みたいに見えるけど、ナバールは女の人よ」
「あっ、あの人」と、何人かが思い当たったみたいで口々に言った。
「あのいちばん若くて、黒に近い褐色の髪で、とてもきれいな人のことね」
「えーっ、あの人、女性だったの? 残念」
「ちょっとときめいてたのになあ。女の人だったなんて」
どうやら、みんな、ナバールに興味を引かれていたみたい。
で、みんながナバールを呼んできていいっていうので、呼びにいったら、ナバールはジョルジュやアストリアと話していた。
ナバールは、アストリアとはあまりしっくりいっていないみたいなんだけど、ジョルジュとはわりと気が合うみたいだ。どちらも孤高のタイプなので、かえってウマが合うのだろう。ナバールは口数が少ないけど、ジョルジュは相手を気に入ったときにはわりとしゃべるほうだから、それもいいほうに働いているのだろう。
なのにアストリアとはどうしてそりが合わないんだろ? どちらかというと、ジョルジュのほうが人と衝突しやすいんだけどな。もっともジョルジュは、ぶつかる人も多いかわり、崇拝する人も多いんだけど。
アストリアは、少し無愛想できまじめ……っていうか、まあ、ちょっと武骨な感じはするけど、そういう人は武人にはべつにめずらしくはないから、それがもとでそんなに人と衝突するとは思えない。ちょっとぐらい人とぶつかることはあっても、よくあるていどだと思う。ノルダの警備隊の人たちとも、わりとふつうにうまくやっているみたいだし。
それに、いままで、アストリアのほうから他人にケンカを売るような挑戦的な言い方をするのを見たことはない。
どっちかというと、ナバールのほうがわりとケンのある言い方をすることがよくあって、警備隊の人たちをときどき怒らせているみたいだ。
でも、ナバールとアストリアのあいだが険悪な雰囲気になるときって、ナバールじゃなくて、アストリアのほうからケンカを売っているように見える。女性が強いのが気に食わないのかと思ってたけど、そうじゃないのは、今ではもうわかったし……。
まあ、ともかく、ナバールとアストリアも、いつもそんなに仲が悪いってわけではなくて、ジョルジュも加わって三人のときには、わりとふつうにしゃべっている。きょうもそんな感じだった。
で、ナバールもお風呂に誘ったら、ジョルジュとアストリアがものすご〜くびっくりしたような、変な顔をした。
「おれはひとりで水を浴びるからいい」
そう言うナバールにわりと強引に勧めて、ナバールがしぶしぶといった感じで立ち上がったら、ジョルジュとアストリアが「ちょっと待て!」と止めた。とくにアストリアがものすごい剣幕で怒っている。
「とんでもないやつだ! 誘われたからって、なんでいっしょに行くんだ? いやらしいやつだな!」
アストリアの言葉にめんくらって、「いやらしい?」と問い返したら、矛先がこっちに向かってきた。思いもかけなかった言葉で。
「あなたもあなたです。何を考えてるんですか? 風呂に男を誘うなんて」
「えーっ、何を言ってるのよ、ナバールは女性よ」
そう言ったら、アストリアばかりか、ジョルジュとそれにナバール本人までびっくりした顔をした。
しばらくの沈黙のあと、ナバールが口を開いた。
「おれは男だぞ。……って、あんた、まさか、女だったのか?」
アストリアとジョルジュが目を丸くしたままナバールのほうをふり向いた。
たぶん、わたしもそのときには同じような表情をしてたんだと思う。
「うそっ。男の人?」
「なんで、おれを女だと思ったんだ?」
ナバールは怒っている。それは、そうかも。……って、この場合、ナバールもカン違いしてたんだから、お互いさまよね。
「いや、だって、最初に会ったとき、ノルダの警備隊の人たちが『お嬢ちゃん』って呼んでたから……」
「それはただのからかい言葉だ。見てくれでしか人を判断できんようなバカモノがよくそういう言い方をしたがるんだ」
「そ、そうなの? わたし、てっきり、女の人だからあんな言い方したのかと思って……。で、ナバール、あなたはどうしてわたしを男だと思ったの?」
「そうだ! 失礼だぞ」とアストリアが口をはさんだ。
「この場合、失礼なのはお互いさまだと思うが」
ナバールはアストリアにそう言うと、こちらを向いた。
「あんたがおれを同類だと言ったからだ。あんたも見てくれでなめられやすいのかと思ったんだ」
ああ、そういうことか。わたしは、ナバールのことを、わたしと同じように女の身で剣の道に進もうと望んで、それを認めてもらえずにいるのかと思ってたんだけど、ナバールは、外見で軽く見られやすいものどうしというので、わたしが連帯感をもったと思ってたんだ。
状況がわかって、ジョルジュが腹をよじって笑いだした。地面に突っ伏していつまでも爆笑されると、ちょっと腹が立って蹴飛ばしてやりたくなった。そうしたら、ナバールがほんとうに蹴飛ばした。
「いつまで笑ってやがる?」
「いてーな。……ま、しかし、風呂場にいく前に気づいてよかったじゃないか」
「まーな。こっちを女だと思いこんで服を脱がれたりしたら、目のやり場に困るとこだった」
そう言われるとさすがに赤面した。ほんとに、呼びにきたとき、ジョルジュとアストリアがいてよかった。あやうく醜態をさらすところだった。
そう思ったとき、「うっ」とうめき声がして、アストリアが顔の下半分を手で押さえている。その手に血がついているみたいだから、びっくりした。
「どうしたの?」
思わず叫んで顔をのぞきこもうとしたら、「いや」と言って、アストリアがあわてたようすで駆け去った。
あとを追いかけようとしたら、ジョルジュに手をつかまれて止められた。
「ほっといてやれ」
「ほっとけないわよ。だって、血を吐いたみたいだったわよ。もし、悪い病気だったら……」
早く気がついて治療すれば治せる病気でも、手遅れになれば命にかかわるかもしれない。
「血を吐いた? 鼻血に見えたが?」
ナバールが言い、ジョルジュがわたしの肩をぽんぽん叩いた。
「いいから、ほっといてやれ。ミディア、おまえ、アストリアがすぐにナバールにつっかかるのはなぜなのか、気づいていないだろう?」
「そういや、なぜなんだ?」と、ナバールが口をはさんだ。
「なにか理由があったのか?」
「いいから、ほっといてやってくれ。……おまえら、やっぱり同類だと思うよ。トーヘンボクというところがな」
ジョルジュのいうことはよくわからない。
でも、まあ、ジョルジュがそう言うところをみると、アストリアは病気というわけではないんだろう。吐血したのかと思ってぎょっとしたけど、鼻血みたいだし。きょうは11月にしては暖かかったから、日向で訓練していてのぼせたのかもしれない。
ともかく、ナバールが男性だとわかったので、風呂場に戻ってみんなにそう言ったら、爆笑された。
「あんな強い人が女性だったら小気味いいけど、やっぱり男性のほうがうれしいわよねえ」
「そうよねえ。女性だったら、やっぱりちょっと残念だったわ」
みんな、そういうようなことを言って喜んでいた。