ファイアーエムブレム「紋章の謎」のミディアが少女時代に日記を書いていたら……
これは8ページ目。騎士見習いのミディアは、王妃とニーナ姫の護衛をしています。
2004年10月1日UP 今回更新はここ
アカネイア暦597年4月7日 2004年7月22日UP
毎年恒例の御前試合が近づいてきた。
御前試合には、騎士や兵士、ノルダをはじめとするアカネイア諸都市の警備隊のほか、そのどれにも属さない流れ者の傭兵たち、一般市民、騎士をめざす子供たち、兵士や剣士をめざす子供たちも参加でき、部門ごとに優勝者を競う。
去年までは観戦するだけだったが、今年はわたしも参加できる。今年は試合の日を一日増やして、初日を女性の対戦日にすると決まったのだ。
女性も参加できるようになったのはうれしいが、女性だけ分けられているのは、女は男より弱いと見られているようでちょっと不満だ。
ジョルジュやアストリアやナバールと会ったときにそう話したら、三人とも同意してくれなかった。
「女性と戦えるわけないじゃないか」
アストリアが言うと、ジョルジュがうなずいた。
「弓部門は競射で、対戦するわけじゃないから、女性が混じっていても一向にかまわないが、槍や剣は対戦するのだから、女性が相手だとやりにくいだろうな」
「なぜよ? それ、女性をか弱いって思ってるってことでしょ? ナバール、あなたは意見が違うわよね」
ナバールは、傭兵になったのが早かったし、外見がきれいなのもあって、外見でなめられて悔しい思いをしたことが何度もあったらしい。それなら、特別扱いされる女の悔しさをわかってくれるかと思ったんだ。
でも、わかってくれなかったみたいで、ナバールは言った。
「おれは女と子供を斬る剣を持ってはいない」
「おい」と、ジョルジュが口をはさんだ。
「男でも斬るなよ。本物の戦いじゃなくて、試合なんだぞ」
「試合ってのはわかっているし、刃つぶしした剣を使うのも知っているがな。それでも試合中にはずみで殺しちまう可能性はあるだろ? それが女や子供だと寝覚めが悪い」
「男でも寝覚めが悪いぞ」と、アストリアが眉をひそめた。
「きさま、対戦相手を殺すつもりでいるんじやないだろうな?」
「べつにわざわざ殺すつもりはしていないが、殺さないように手加減するつもりもない」
「じゃあ手加減してくれ」と、ジョルジュが言った。
「御前試合で死人が出たらコトだ」
「アカネイアの御前試合って、死人が出ないのか?」
ナバールは本気で驚いているようだった。
「ふつうは出ないだろ?」
「闘技場では死人が出るのは日常茶飯事と聞いたぞ。それだから、捕まれば殺されるとわかっていても、奴隷剣闘士の脱走が絶えないんだろう?」
ナバールの言葉で、オグマのことを思い出した。
そうだった。闘技場での試合は、わたしたちの試合とは全然違ってたんだ。
「闘技場と御前試合とは全然違うんだ」
ジョルジュが根気よく説明した。
「御前試合で死者や重傷者が出ることはないわけじゃない。たしか七年ほど前に死者がひとり出たことはあった。戦場でなら死んでいただろうというほどの重傷を負った者は、まあ、ここ十年ほどのあいだに数人は出ていると思う。いざというときのために控えている医者やシスターたちの世話になる者は、例年、何人もいる」
「医者やシスター? ……ああ、そうか、騎士とかいい家のぼんぼんなんかも試合に出るからだな」
「むろん、それもあるが、医者やシスターは身分を問わず、出場者全員の傷の手当てをしてくれる」
「ふーん。それで死人が少ないのか。……とはいっても、医者やシスターでも死者は助けられないだろう?」
「よほど運悪く即死でもしないかぎり、まず死者にはならない。御前試合では、観客がどんなに熱狂しても、『殺せ』なんて叫んだりはしないし、重傷者にとどめを刺したりもしない。勝敗が決まればすぐに試合は打ち切られ、負傷した者は手当てを受けられる。御前試合で死者が出るのは不運なことで、望ましいことではないんだ」
「それじゃあ、日頃の練習とたいして変わらんじゃないか」
「相手を殺していいかどうかに関しちゃ、変わらんと思ってくれ。打ちどころが悪かったなど、はずみで死なせてしまったのなら不可抗力だから、もちろん処罰されたりはしないが、それでもそんなことは起こらないほうがいい。まして、勝敗が決まっているのにとどめを刺したりしたら、場合によっては処罰されるぞ」
「はずみならいいなんて、こいつに言っちゃだめだ」と、アストリアが口をはさんだ。
「木剣を使った練習で危うく相手を殺しかけたことがあるんだ、こいつは」
「そんなに力が強いのか?」
驚くジョルジュにアストリアが説明した。
「力そのものはそれほどたいしたことはない。警備隊のなかでは平均より多少弱いかもしれない」
ナバールがむっとした顔をしたが、反論をしなかったので、そのとおりなのだろうとわかった。
そりゃあ、そうだろう。ノルダの警備隊は屈強の男ぞろいだ。まだ少年のナバールが、彼らに比べて平均より多少弱いていどというのは、同年代のなかではむしろかなり強いほうだと思う。
「だけど、集中的に力が入って、ものすごい攻撃力になることがよくあるんだ。いわゆる『必殺の一撃』ってやつだ」
そういえば、アカネイア・パレスでの合同演習で、ナバールが素振りをしたとき、すごく剣先が鋭く感じられたことが何度もあった。合同演習といっても、試合はしないのでよくわからなかったけど。
「五、六回に一回ぐらいは『必殺の一撃』が出るんだ」
それは……。刃つぶしした剣とはいえ、あたりどころが悪ければ死ぬかもしれない。
ちょっと心配だ。ジョルジュも心配そうにしている。
アカネイア暦597年4月10日 2004年10月1日UP
御前試合に出る女性たちのあいだで、ちょっとした問題が出た。
御前試合の予選に通過した参加者は、決勝戦で闘う前に、忠誠を捧げる貴婦人に花束を渡す。御前試合にかぎらず、騎士は貴婦人をひとり決め、全力をかけて守ると誓い、主君とはまた別に忠誠を捧げるのが習わしだ。
考えてみれば変な習慣だと思う。守るべき人を心に誓うといっても、要するに疑似恋愛みたいなものでしょ。だけど、忠誠を捧げた貴婦人とほんとうに恋愛するのはご法度。だって、忠誠を捧げた貴婦人ってのは、王妃さまとか、とにかくふつうは自分より身分の高い女性たちで、しかも既婚者が多いのだもの。ほんとうに恋愛したり、口説いたりしてはまずいに決まっている。
それなのに、どうして疑似恋愛みたいなことをするのかなあ。以前にジョルジュにそう言ったら、「臣下や部下に忠誠を尽くしてもらえる自信のない男が考えついたのさ」とか言ってたけど。
でも、自分に自信がない人なら、自分の妻と部下がそんな疑似恋愛みたいなことをしていたら、いくら一種の儀式とはいっても、不安になったりしないのかな?
男の人の考えることって、どうもよくわからないなあ。
ジョルジュにそう言ったら、「地位や身分が高くて能力のともなわないお偉いさんってのは、ときどき、わけのわからないことを考えるものなのさ」という答えが返ってきた。
うーん。それはそうかもね。でも、こういう話、王宮で口にしちゃ、まずいだろうな。この話をしたのは、わたしが家に帰っていて、ジョルジュが遊びにきていたときだったけど、そばで聞いていたおとうさまにたしなめられたもの。人に聞かれたら、へたをすれば不敬罪になるって。
まあ、それはさておいて、この風習、わたしたちにとっては、疑似恋愛みたいなものってのが問題になったのだ。わたしたちは女だから。いくら形式とはいえ、女性が女性にそういう疑似恋愛みたいな行為をするのは、なんだか変じゃないかって、だれからともなく言い出したのだ。
そりゃあ、まあ、世の中にはそういう人もいるって、話には聞いたことはあるけど、わたしたちにはそういう嗜好はないし……。
ばかばかしいといえば、ばかばかしいんだけど、「守るべき人に忠誠を捧げる儀式なんだから、性別は気にせず、王妃さまか王女さまがたのだれかに花束を捧げればいい」という意見と、「わたしたちは女なのだから、花束を捧げるのは殿方に捧げたほうが自然」という意見に分かれてしまった。
でも、カール王子さま付きのサラの話だと、殿方は女性に花束を捧げられるのはいやがるらしい。
サラは、決勝に出れたらカール王子さまに花束を捧げたいと思って、そう言ったんだって。そうしたら、カール王子さまは、「お姫さまの扱いをされるはいやだ」と言って、すねてしまわれたんだって。
カール王子さまはまだ九歳になったばかりで、後宮で母君とお暮らしだから、騎士ではなくてサラが護衛をしているし、あまり丈夫でなくて、よく熱を出して寝込まれる。だから、サラとしては、王宮でいちばん守ってあげたい人で、「花束を捧げるならカール王子さま」とごく自然に考えたらしい。
でも、カール王子さまにしてみれば、それは「お姫さま扱い」で、屈辱的なことなんだ。
言われてみれば、王子さまの気持ちも少しわかるような気もする。わたしも「女の子だからか弱いはず」という扱いをされるのはずっといやだった。王子さまもきっとそうなんだろう。体が弱ければ、よけいそう思うかもしれない。
まだ子供のカール王子さまでさえそうなら、年長の王子さま方もよけいそうだろう。
いろいろ迷って、「これは儀式なのだから、わたしたちで勝手に決めるわけにはいかない」ってことになり、日課の訓練のとき、わたしたちの上官で聖騎士のクラウスさまにたずねてみた。
クラウスさまは目をぱちくりして、「そんな問題は考えてもいなかった」って。
そりゃあ、まあ、そうでしょうね。で、「これから宰相殿と会う用事があるから、代表がいっしょに来なさい」といわれた。「式典については宰相殿の管轄だから」って。
わたしとジェシカがちょうどそのあと仕事がなかったので、クラウスさまといっしょに宰相さまのところに行った。
宰相さまは話を聞き、少し考えてから、「女性の試合では、花束はなしにしよう」とおっしゃった。
「儀礼とはいえ、あれはいちおう『愛の証』だからな。たしかに女性が女性に贈るのは変だ。かといって、カール王子殿下のように、殿下がたはこういう形で女性から花束を贈られるのをいやがるだろう。省略してしまうのが無難だ」
それで結局、一件落着となった。
ジョルジュにこの話をしたら、笑いころげるだろうな。アストリアとナバールはおもしろがるかどうかわからないけど。