ミディアの日記−御前試合・その4

ファイアーエムブレム「紋章の謎」のミディアが少女時代に日記を書いていたら……
これは11ページ目。騎士見習いのミディアは、王妃とニーナ姫の護衛をしています。

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 2005年8月26日UP


  アカネイア暦597年5月2日

 きょうは騎士の予選だった。ジョルジュはもちろん予選を通過した。だんとつの一位だ。さすがにブリギット女神さまの再来といわれるだけのことはある。
 なんだかほかの弓騎士の人たちは優勝をあきらめて、二位をめざしているようだ。
「ともあれ、これで、わたしたち四人とも本戦に残れたわね」
 試合が終わったあとでジョルジュのところに行ってそう言ったら、そばにいたアストリアが顔をしかめた。
「どうかしたの?」
 気になったのでそうたずねると、アストリアが不機嫌そうに答えた。
「なんでミディアはいつもそう四人グループみたいな言い方をしたがるんだ?」
「なによ? 悪いの?」
 アストリアは、ジョルジュとは仲がいいんだけど、ナバールとはあまりうまくいっていない。仲が悪いというのともちょっと違う。アストリアが一方的にナバールに敵愾心を燃やしていて、ナバールはそれを無視しているという感じだ。
「おれはナバールとつるんでるつもりなんてないからな!」
 アストリアが叫ぶと、ふいに「おれもだ」という答えが返ってきた。わたしとアストリアが向き合っていたその真横あたりに、いつのまにかナバールが来ていた。
 ジョルジュは真正面なんだから気づいたはずなのに、黙ってるなんて人が悪い。
 それにしても、ナバールのほうから近づいてくるなんて珍しい。いつもは、わたしかジョルジュが声をかけるのだ。
 通りすがりにアストリアの声を聞いて腹を立てたのかと思ったが、そうではなさそうだ。
「あんた、たいしたやつだったんだな」
 ナバールがジョルジュに言った。彼がだれかをほめるなんて、初めて聞いた。ま、それだけきょうのジョルジュはすばらしかったけど。
「ありがとう。おまえにほめられるのは光栄だよ」
 ジョルジュも素直に礼を言った。
「それはそうと、ナバール、本選で決勝まで残ったら、だれかひとり貴婦人を選んで花束を捧げるって、知ってるか?」
「なんだ、それは?」
「やっぱり知らなかったか。花束を捧げるんだ。花束は試合場で用意してくれる。自分で持参したんじゃ、渡すまでにしおれてしまうからな」
「わけのわからん決まりだな。貴婦人の知り合いなんていないぞ」
 そう言って、ナバールはふと気がついたようにこちらをふり向いた。
「そういえば、あんたは貴族で、いちおう女だったな。ってことは、いちおう貴婦人のうちに入るのか」
 いや、わたしは対象外なんだけど。だって、わたしは騎士なんだし……。
 そう言おうとしたら、アストリアは猛然と怒りだした。
「なんだ、その『いちおう』ってのは! 失礼にもほどがあるだろ! ミディアは貴婦人に決まってるだろうが!」
 わたしはナバールの言い方よりも、アストリアのほうが癪にさわった。
 だって、ナバールが「いちおう女」って言い方したのは、男と対等として認めてくれてるってことでしょ? ま、多少は、そりゃ、引っ掛かりも感じるけど、でも、まあ、ほめ言葉のような気がする。
 それなのに、どうしてアストリアったら、ことさらわたしを女扱いしたがるんだろ?
 わたしがそんなことを考えているうちに、アストリアはますますナバールに食ってかかった。
「『いちおう女』だの『いちおう貴婦人』などと言っておいて、ミディアに花束を贈る気か?」
「ほかに貴婦人の知り合いなんていないしな」
「べつに知り合いでなくてもいいんだ」と、ジョルジュが口をはさんだ。
「ついでに言えば、貴族の女性に限らなくてもいい。騎士は、まあ、王家筋の女性のだれかに花束を贈るのが慣習みたいになっているけど、剣士や兵士や一般市民だと、家族とか恋人とか、これを機会に告白したい相手に贈るやつもいる」
「あいにくおれは家族も恋人も告白したい相手もいない。……それは、王族とか貴族の女以外に贈ったら、告白したことになるのか?」
「相手にもよるだろ。あんたを見てキャーキャー言ってる娘たちのだれかにやったりしたら、相手は期待すると思うぞ」
「なるほど。じゃあ、期待される心配のなさそうな人をその場でだれか選んで渡すことにするよ」
「無難だな」
 そう言って、ジョルジュはアストリアのほうを見た。
「で、アストリア、おまえはだれに花束を贈るんだ?」
 アストリアはちょっとためらってから、ジョルジュを見て、それからわたしのほうを見た。
「おれはミディアに花束を贈る」
 いきなりだったので、めんくらってしまった。
「ちょっと待ってよ。わたしは騎士よ?」
「わかってる。でも、貴婦人でもある。おれには、ミディアはどんな貴婦人よりも貴婦人らしく見える」
 いいかげん驚いていたところに、ナバールが「なるほど、告白のクチか」と言い、アストリアが否定せずに真っ赤になったのでもっとたまげた。
 だって、そんなこと、想像もしていなかった。わたしは、アストリアも、ジョルジュやナバールと同じく、友だちだと思っていたのだ。
「花束はやめとけ」とジョルジュがアストリアの肩を叩いて言った。
「ミディアの場合、逆効果だ」
 さすがに幼なじみ。よくわかっている。……っていうより、アストリアにはどうしてわからないのかしら?
「こんなときでもなければ告白なんてできない。そのためにも決勝戦に出たいんだ」
「すでに告白してるじゃないか。試合のときはやめとけ。口説くならいま口説け」
 ちょっと、ジョルジュ、何けしかけてるのよ?
 でも、いま、この日記を書いていて、アストリアの気持ちは悪い気はしていない。わたしは騎士をめざしているんだから、困るとは思うんだけど、少しどきどきしていて、悪い気はしていない。
 だけど……。花束はだめだ。みんなが見ているところで「女」として扱われるのはだめだ。みんなにわたしが「女」だと思い出させるようなことはしてほしくない。
 どうしてアストリアにはそれがわからないのか? わたしを好きだというなら、わたしの立場ってものをわかってくれたってよさそうなものじゃないの。
 そう言おうとしたとき、妙なじゃまが入った。見たことのない女の子が横から声をかけたのだ。
「花束って、貴婦人ならもらえるの?」
 見たところ、十歳ぐらいかもう少し年上といったあたりか。簡素だけど上等そうな衣服を着ていて、幼いながらもどこか気品のある顔立ちのきれいな女の子だ。身なりや雰囲気からすると、どこかの貴族か騎士の令嬢だろうかと思われた。
「貴婦人って何?」
「身分の高い女の人って意味よ」
 そう答えると、女の子は少し首をかしげて聞きなおした。
「王女も貴婦人のうち?」
「もちろん」
「じゃあ、チキも花束をもらえる? チキ、王女なんだけど」
 アカネイアの王女さまがたの顔と名前はみんな知っている。そのなかにこういう子はいない。チキという名前の姫さまもいない。
 アカネイアにかぎらず、どの国にもチキという名前の王女はいなかったはずだし、そもそもよその国の王女さまがこんなところにいるはずはない。
「王女殿下なのか?」
 アストリアがジョルジュとわたしにたずねた。
 わたしは首を横にふり、ジョルジュも「いいや」と答えた。
「わが国にチキという名前の王女殿下はおられない」
 ジョルジュはチキと名乗った女の子と同じ目の高さに身をかがめた。
「きみのおとうさんかおかあさんは?」
 チキは空を指差した。
「お空のずっと向こうにいるって。おじいちゃんはそう言ったよ」
 わたしたちは顔を見合わせた。おとうさんとおかあさんが亡くなってしまったのなら、悪いことを聞いたと思ったのだ。
「じゃあ、きみのおじいさんは?」
「試合を見ているときまでいっしょだったんだけど、はぐれちゃった」
「まいごなのか。じゃあ、きみのうちまで送っていってあげるよ」
「うちには帰りたくない。寒いし、恐い夢を見るから」
「寒い?」
「そう。だから、おじいちゃんはうちから連れ出してくれて、ずっといっしょに旅してきてたの」
 それって、まさか、誘拐されたんじゃ……。
 そう思っていたら、ジョルジュも同じことを考えたらしく、チキにたずねた。
「その『おじいちゃん』ってのは、きみのほんとうのおじいさんかい?」
 チキは首をかしげた。
「『ほんとうのおじいさん』って、どういう意味?」
「きみのおとうさんかおかあさんのおとうさんなのかい?」
「ううん。おじいちゃんはおとうさまの従者だったんだって。そう言ってた」
「……きみのおとうさんの名前は?」
「ナーガ」
 そんな名前の貴族はいない。だって、それは神さまの名前だもの。神さまと同じ名前を名乗るほど大胆不敵な人はいないだろう。
「ねえ、それよりもさっきの話」と、チキが話を切り替えた。
「どうして貴婦人だと花束をもらえるの」
「いや、貴婦人だと花束をもらえるっていうより、忠誠を捧げて守りたいと思う貴婦人に花束を渡す習わしなんだ」
 チキは首をかしげた。
「なんで忠誠を捧げて守りたいのが貴婦人なの? 男の人じゃだめなの?」
 ジョルジュは説明に困ったようで、苦笑した。
「もちろん、われわれこの国の騎士はみんな、アカネイアの国王陛下に忠誠を捧げているし、お守りしたいとも思っている。だけど、花束を捧げるのは、それとは別なんだ。……つまり、女性は、精神的には強い人でも、身を守るための力なんかは男よりか弱いものだからね。多少の例外をのぞいて」
「じゃあ、チキは花束もらえないかなあ。例外のほうに入るから」
 なんだかおもしろい子だ。この子も騎士になりたいんだろうか? とてもそういうタイプには見えないけど。
「あ、でも、チキね。変身していないときはか弱いんだよ」
 いきなり場違いな単語が飛び出してきたので、思わず聞き返した。
「変身?」
「うん、こうするの」
 チキは、首のところをごそごそして、首から吊るして衣服の下に隠れていた革の袋を表に出し、その袋から彼女のこぶしぐらいの大きさのきれいな石を取り出した。
 チキがその石をじっとのぞきこむと、それまでずっと無言だったナバールがわたしの腕に手をかけて言った。
「ここから離れたほうがいい。そんな気がする」
「おれもそんな気がしてきた」
 ジョルジュもそう言うと、わたしの手をつかんで走りだした。
 ジョルジュとナバールにつられてわたしも走りだし、後ろで「なんだよ、おい?」とアストリアが叫ぶのが聞こえた。
 そのとたん、何かが上から覆いかぶさってきて、わたしたちは地面に押し倒された。
 何だかよくわからないけど、動物の毛皮みたいで、体温のような温かみも感じる。つまり、巨大な動物に上からのしかかられたってことだ。
 かろうじておしつぶされずにはすんだけど、身動きがとれないし、暑いし、息苦しい。みんなのことも気にかかるんだけど、視界は真っ白の毛皮で覆われて見えないし、あごが動かせない態勢なので声を出せない。
「おい! 体をどけろ! おれたちを踏み潰さないように気をつけながら後ろに下がれ!」
 ナバールの叫ぶ声が聞こえた。
 すると、わたしの肩あたりから下を押さえつけるかっこうになっていた動物らしきものの体が持ち上がった。
 体を動かせるようになったので、動物が下がるのを待たずに、前にはい出た。とちゅうで前足らしきものが迫ってきたので、思わず悲鳴を上げた。前足のほうが向きを変えてくれたのと、ジョルジュが手をひっぱってくれたおかげで、前足にぶつからずにすんだ。
 で、その動物らしきものの体の下から出て上を見上げると、巨大な猫……いや、ドラゴンがいた。
 たぶん、ドラゴンだと思う。巨大な体に翼を持っているんだから。なんとなく、「ドラゴン」として思い描いていたイメージとはだいぶん違うんだけど。
 そばにジョルジュとナバールがいるのに、アストリアがいないのに気づいて、まっ青になった。
 よく見ると、ドラゴンの腹のふさふさした毛皮の隙間からアストリアの頭が見える。
「もう少し下がってくれ。きみの腹の下にまだ一人いる」
 ジョルジュが叫ぶと、ドラゴンは素直に後ろに下がった。
 アストリアはうつぶせに倒れていて、ぐったり動かない。駆け寄ろうとしかけたとき、ドラゴンが前足でアストリアの体をくるんと仰向けにひっくり返し、顔を近づけた。
 ドラゴンに食べられる!
 そう思って悲鳴を上げたけど、ドラゴンはアストリアの顔をベロンとなめただけだった。
 それでアストリアは意識を取り戻し、叫び声を上げて剣を抜こうとした。
「剣を抜くな! 相手に害意はない!」
 それで、アストリアはそのままわたしたちのところにあとずさってきた。顔がすり傷だらけで、砂利の跡がついたりしているが、大きなケガはなさそうだ。
「何なんだ、これは?」
 アストリアに聞かれたけど、そんなこと、わたしたちに聞かれてもねえ。
「ドラゴンじゃない? なんだかドラゴンのイメージと違うけど」
「ドラゴンならマケドニアで見た。闘技場でも別の種類のを見たことがある」と、ナバールが言った。
「どちらとも全然似ていない。しっぽと翼以外はな」
「おれは見たことはないけど、話には聞いたことがある。ドラゴンは全身うろこに覆われていると聞いたぞ」と、ジョルジュも言う。
「全身毛皮に覆われたドラゴンなんて聞いたことがない」
 そんなことを話しているあいだに、ドラゴンは毛皮をペロペロなめて毛づくろいをはじめた。まるで猫のようなしぐさだ。
 それからドラゴンは前足を下ろし、足を折り曲げて体を低くした姿勢ですわり、顔を横向けにしてわたしたちに近づけてきた。
 ナバールが前に出て、ドラゴンの首筋を掻いてやると、ドラゴンは目を細めて気持ちよさそうにしている。ますます猫のように見える。
 と、ふいに「チキ!」と叫び声が起こった。ふり向くと、旅人風のいでたちの老人が駆けてくる。
「何をしておるんじゃ! 元に戻りなさい!」
 そのとたん、ドラゴンはさきほどのチキの姿になった。
「マムクートだったのか」とジョルジュがつぶやいた。
 聞いたことがある。マムクート。竜人族。竜になったり人間の姿になったりできる種族だという。
「マムクート……ってことは、いまのはやっぱりドラゴンだったのね。翼のある猫ではなくて」
「猫とはなんじゃ、猫とは」
 老人がむっとしたように叫んだ。
「猫とはしっぽが全然違うじゃろうが。気品もな」
 それから老人はチキに向き直った。
「人間の前で変身してはいかんとあれほど言ったじゃろうが」
「ごめんなさい。おじいちゃん」
 そのとき、「おーい」と声がして、アカネイアの兵士たちが駆けつけてきた。
「ドラゴン……。いましがた、こちらのほうにドラゴンが見えたんですが……」
「夢でも見たんじゃないのか?」と、ナバールが平然とした口調で言った。
「おれたちは何も見ていない」と、ジョルジュも断言した。
「疲れているときには、みんなで同じ白昼夢を見ることがあるそうだ」
 まことしやかなジョルジュの言葉に、兵士たちは首をかしげながらもそのまま帰って行った。巨大なドラゴンが忽然と消えたので、夢ということでいちおう納得したらしい。
「かたじけない」と、老人が礼を言い、チキを連れてまた旅立って行った。
「どうやら、あの子、誘拐されたってわけではなさそうだな」
 ジョルジュが言い、それからわたしたちはなんだか疲れを感じて家に帰った。
 その騒ぎですっかり忘れてしまった。アストリアに、花束を渡す相手は別の女性にして欲しいって、念を押しておくことを。剣士の本試合までにアストリアを説得しなくっちゃ。


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