ミディアの日記−御前試合・その5

ファイアーエムブレム「紋章の謎」のミディアが少女時代に日記を書いていたら……
これは12ページ目。騎士見習いのミディアは、王妃とニーナ姫の護衛をしています。

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 2005年12月21日UP


  アカネイア暦597年5月7日

 きょうは騎士見習いの本試合だった。わたしは準優勝。そこまでいけたのはうれしいんだけど、ちょっと複雑な気分だ。
 優勝できなかったことが悔しいんじゃない。……そりゃまあ、負けたのが悔しくないっていえばウソになるけど、ほんとに悔しいのはそのことじゃない。
 わたしはせいいっぱいがんばったし、いつもと比べてもいい試合ができたと思う。
 それでも、男性たちのなかに混じれば予選も通過できなかっただろう。わたしに勝って優勝したシルビアでさえ、もしも試合が男女混合なら、予選を通過できたかどうかさえあやしい。
 だから複雑だ。わがアカネイアの騎士見習いは、男性と女性とでレベルの差が大きい。
 これが生まれつきの性別の差によるものとばかりは思えない。だって、予選で飛び入りしたあのエストって子のことを思い出すと、あの子なら、男子のなかに混ざっても本選に出場して、けっこう勝ち進んだんじゃないかと思うもの。
 それに、あの子の年齢を考えれば、これからもっと強くなりそうだし。
 彼女を連れ戻しにきたおねえさんふたりも、ものすごく強いんじゃないだろうか?
 マケドニアには昔から女性の騎士がたくさんいるって聞いた。というより、ペガサスナイトはほとんどが女性とも聞いた。最近までずっと騎士は男性と決まっていたわが国とは違う。
 そんな文化の違いなのだろうか? わたしたちはマケドニアに遅れをとっている。
 だから、素直に喜べない。準優勝をしたけど、わたしは全然強くない。もっと強くなりたい。


  アカネイア暦597年5月8日

 きょうは剣士の本試合だった。アストリアの試合は複雑な気分だった。
 だって、友だちとして、やっぱり応援したい。勝ち進んでほしいとも思った。でも、彼が決勝まで進んで、わたしに花束を渡そうなんてしたら困る。このあいだの騒動のあと、その問題についてアストリアとちゃんと話す時間はなかったのだ。
 みんなの前で、騎士ではなく女性として扱われたりするのはとても困る。
 だから、アストリアが三人勝ち抜いたときには、うれしいんだけど、ひやひやした。四人目の対戦相手に負けたときには、正直いって、少しほっとした。わたしはひどい友だちかもしれない。
 アストリアに勝ったのは、アリティア出身のサムソンという傭兵だった。「兵士と剣士」の部は、原則としてアカネイアで兵士か剣士の仕事をしている人間が参加するのだが、例外として、これからアカネイアで仕事をする気のある傭兵や兵士志願者も参加できる。サムソンはアカネイアで仕事を見つけるつもりなのだろう。
 かなり若い傭兵だ。見たところ、二十歳ぐらいだろうか。
 でも強い。アリティアは小国だけど、さすがは英雄アンリの国だけある。予選では複数の試合が同時進行で行なわれたから、彼の試合は見逃した。残念だ。
 決勝戦はナバールとサムソンが対戦することになった。
 王族や貴族の方々には、それまでの試合ではナバールの対戦相手のほうを応援していて、この試合になって急にナバールを応援しはじめた人が何人もいた。つまり、ナバールとアカネイア人の剣士が対戦すれば、よそものにアカネイア人が負けては名折れと思っていたけど、ふらりと訪れたアリティアの傭兵に優勝を奪われるぐらいなら、よそものとはいえノルダの警備隊員のほうがましだと思ったみたいだ。
 それはまだいいんだけど、なかには、「決勝戦がよそものどうしの対戦とは、わがアカネイアの面子が丸つぶれではないか」とか、「来年から、外国人の参加を認めないようにしたほうがいいのではないのか」とのたまう人もいた。
 どうかしている。自国の人間に勝ってほしいという気持ちはわかるけど、どうしてこんなところで面子にこだわるのか? 自国の人間より強い者を締め出してまで、アカネイア人を優勝させることに意味があるとでもいうのか?
 ナバールやサムソンと対戦して負けた人たちも、そんなことをして欲しくはないだろう。本物の剣士なら、そんな形での勝利は望まないと思う。
 ま、それはともかく。決勝戦まで進んだナバールとサムソンは、伝統に従ってそれぞれ花束を渡された。その花束を自分の選んだ貴婦人に捧げて、このあとの試合はその貴婦人のために戦うのである。
 もちろん、実際には、決勝戦で戦う人の動機が「花束を捧げた貴婦人のため」とはかぎらない。自分の名誉のためとか、強さを国王陛下に認めてもらうためという人のほうが多いだろう。妻や恋人でもなければ、ほんとうに花束を捧げた貴婦人のために戦う人なんてあまりいないんじゃないかと思う。
 だけど、実際はともあれ、いちおう「貴婦人のために戦う」というのが御前試合の決勝戦の伝統なのだ。
 サムソンは花束をニーナさまの異母妹にあたられるヘレナ姫さまに捧げた。
 ヘレナ姫さまの母君は国王陛下のご側室で、アリティアの国王陛下の姉君にあたられるが、一年前にご病気で亡くなられた。そのひとり娘のヘレナ姫さまは、側室腹の姫君のうえに国内に後ろ盾がないところからあまり重んじられておらず、宮廷の方々からは忘れ去られたように離宮でひっそりとお暮らしだ。
 サムソンとしては、母国の王家に連なる王女に栄誉を捧げたいと思ったのだろう。
 花束を渡されて、ヘレナ姫さまはうれしそうに顔を上気させておられた。王宮に仕えるようになってからこの方を何度かお見かけしたが、母君を亡くされた淋しさからかいつも沈んでおられた。笑顔を見たのははじめてなので、とてもうれしい。
 ナバールはというと、花束を手にしてこちらのほうに歩いてきたので、つかのまぎくりとした。
 ナバールがわたしに花束を渡そうとする場合は考えていなかったけど、そういえば、貴婦人に知り合いはいないと言ってたっけ。
 それは困る。わたしは女扱いされたくないのだ。
 内心であせっていると、ナバールはわたしのいるところを素通りしていった。少しがっかりしたけど、ほっとした。
 ナバールが花束を捧げたのは、尼僧院長さまだった。
 尼僧院長さまは、国王陛下の叔母君にあたられる。先々代の国王陛下の側室腹の王女殿下で、いちどは貴族のもとに降嫁なさったが、ご夫君と死別なさったあと尼僧院に入って修行を積み、尼僧院長になられた方だ。
 この方も、母君はマケドニアの王族で、国内に母方の身内がおられない。尼僧院長としてみなに慕われているので、淋しい境遇ということはないと思うが、華やかな場にはめったに姿をお見せにならず、ともすれば王族ということを忘れられがちだ。
 やはり思いがけなかったようで、尼僧院長さまはうれしそうに顔をほころばせて花束を受け取った。
 今回の剣士の決勝戦では、奇しくも陽の当たらないところにおられた王家の方々が、花束を贈られて脚光を浴びたことになる。
 王女さまがたの何人かは少しがっかりなさったようだけど、まだ十歳のヘレナ姫さまや五十歳をとうに過ぎた尼僧院長さまに嫉妬をする気は起こされなかったようで、どちらかというとほほえましく思っておられるようだ。
 王妃さまやニーナさまもうれしそうだった。おふたりともやさしい人柄だから、後ろ盾のない方々のことを気にかけておられたのだ。
 ナバールもサムソンもいい選択をしたと思う。とはいっても、サムソンはどうか知らないが、ナバールが「角が立たない」といった理由で尼僧院長さまに花束を渡したとは思えなかった。そういう基準でものを考える性格じゃないもの。
 彼が尼僧院長さまを選んだ理由は、あとでわかったけど、このときにはふしぎだった。
 ともあれ、決勝戦で勝ったのはナバールだった。
 サムソンは残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔になり、ナバールに右手を差し出した。
 ナバールはとまどっているようだった。いままで試合で戦った相手に握手を求められたことがなかったのだろう。
 そもそもナバールは、ノルダの警備隊に入るまで、握手というものをほとんどしたことがなかったみたいだし。
 それでも、ナバールはためらいがちに自分も右手を差し出し、握手をするふたりに周囲から拍手が湧いた。
 試合が終わったあと、ナバールはしばらく多くの人たちに取り囲まれていたが、相変わらず無愛想な応対をしている。
 それでもどことなく機嫌がよさそうに見えるのは、やはり優勝したのがうれしいのだろう。対戦相手のサムソンも強かったし。
 みんなが帰っていくのを待って、ナバールにお祝いを言い、ついでに、尼僧院長さまに花束を贈った理由をたずねた。
「ガキのころ、マケドニアの尼僧院で世話になっていたことがある。それをちょっと思い出したからだ」
 ナバールの身の上を聞いたのははじめてだ。
 どの国でも、尼僧院では身寄りのない子供を引き取って育てている。子供たちはあるていど大きくなれば働きに出ていくから、尼僧院で養われているのはかなり小さな子供ばかりだ。つまり、ナバールは、かなり小さいうちから孤児だったことになる。
「ナバールはマケドニアの出身だったの?」
「さあ? ものごころついたときにはマケドニアの尼僧院にいて、それ以前のことはよく覚えていない。母親と赤ん坊の弟か妹といっしょに旅をしていたような記憶とか、船に乗ったような記憶がおぼろげにあるので、生まれたのは別の国かもしれん。もっとも、それがほんとうにあったことなのかどうかはよくわからんのだが」
 そんな小さなころからひとりぼっちだったなんて。わたしも両親を亡くしたけど、そのときには十二歳になっていたし、それからずっといまの両親にだいじにされて育ったから、愛情には恵まれていたと思う。
「じゃあ、そのマケドニアの尼僧院の尼僧院長さまが、ナバールにとってはおかあさまみたいな人だったのね」
「うーん、それはどうかな。母親というより、ばあさんみたいな年だったし」
「赤い髪をしておられたんでしょ?」
「まあな。院長だけでなく、シスター全員が赤毛だったな」
 なんとなく、ナバールが尼僧院長さまに花束を贈った理由がわかった。尼僧院長さまもマケドニア人の血を引いておられるし、マケドニアに多い赤毛だし。
 なんだかナバールが以前よりもっと好きになった。

ナバールの生い立ちはこの話だけの設定です。べつに、のちにシスター・レナとどうこうというようなことはありません。念のため。ついでにいうと、ミディアの「ナバールが好き」というのは恋愛感情ではありません。念のため。

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