暗い近未来人の日記−住居探し・その2

 日記形式の近未来小説です。主人公はもうすぐ社会人一年生。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
なお、ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とはいっさい関係ありません。

トップページ オリジナル小説館 「暗い近未来人の日記」目次 前のページ 次のページ
2009年9月27日UP

  2093年3月14日

 きょうはS駅付近で探してみた。電車一本で約十五分。各駅停車しか停まらないから、特急や急行停車駅より家賃相場はやや安めらしい。
 それに、ネットで調べたとき、駅から徒歩五分で家賃四万円って部屋があったし。部屋にはバスもシャワーも付いていないし、いまどき珍しい「間借り」だけど、大家さんちの敷地内に建てられた離れで、一軒家感覚で住めるって書いてあった。
 で、まず、そのネットで見た部屋に行ってみた。
 徒歩五分って書かれてたけど、実際には十分近くかかった。歩いた時間だけなら、六分か七分だったと思うけど、途中の横断歩道を渡るのに時間がかかったんだ。
 その横断歩道、車の通行の多い車道を渡るっていうのに、信号がないの。で、車がびゅんびゅん走っていて、まともに横断歩道で停まってくれる車はめったにない。
 いまどきこういう交差点があったんだ。
 ようやくスピードを落として停まりそうな気配を示してくれた車があったので、急いで渡ろうとしたら、その車がいきなりアクセル全開って感じでスピードを上げ、わたしの体すれすれのところを猛スピードで走っていった。
 危うくひき殺されるところだった。なんなの、あの車!
 こんなところを通って通勤するのは、なんだか恐いなあ。慣れれば平気なのかな?
 見れば、少し離れたところに信号がある。距離は、たぶん、数十メートルってとこかな。歩行者はそちらへ回り道をしろってことなのかもね。そうだとすると、その回り道のぶん、明らかに所要時間にカウントされていないんだけど。
 まあ、でも、これぐらいはたいした問題じゃない。もしも、部屋そのものが住みやすければね。
 たどり着いたのはりっぱな門構えに敷地の広そうな邸宅で、出迎えてくれたのは六十代ぐらいの奥さん。
「息子のために建てたんだけど、仕事の都合で独立しちゃいましてねえ」なんて言うから、ちょっと期待した。
 お金持ちの家だと、敷地内に息子夫婦だの娘夫婦だのの家を建ててやることがあるって聞くからね。そういう二世帯だか三世帯同居のために建てた離れを安く貸してくれるっていうなら、ラッキーじゃない?
 そう思ったんだけど、期待は大ハズレだった。物置か、せいぜい子供の勉強部屋にするようなプレハブだったんだ。
 たしか、高校時代の同級生に、そういう部屋に住んでいるって言ってた子がいたっけ。
 でも、住んでいるといっても、確か、母屋にも自分のベッドがあるって言ってたよな。小学生の弟とふたり兄弟の男の子で、弟と同じ部屋なので気が散って勉強がはかどらないし、プライバシーも欲しくて、プレハブの物置を勉強部屋にしてもらったとか話してたっけ。
 これは、それとはかなり違うぞ。台風などの荒天のときでも、ここで過ごさなきゃいけないわけだし。
 それに、キッチンとかトイレとかお風呂とかどうするんだろ?、なんとなく、渡り廊下みたいなので離れと母屋がつながっていて、自由に行き来できるのを想像していたけど、これだと、利用しづらいんじゃないの?
 その点を確認すると、奥さんはしれっと答えた。
「インターホンで呼んでくれれば鍵を開けてあげますよ。まあ、留守のときなんかはしかたありませんけど」
 しかたないって……。キッチンやお風呂はともかく、トイレは?
 そう思っていると、奥さんはつづけた。
「まあ、それに、あまり頻繁にとか、夜遅くとかも困りますけど。そのへんは、人の家を訪ねる常識の範囲とか、節度や思いやりをもってやっていただかないと、ちょっとアレですけど。まあ、夜とかにどうしてもというなら、近所に深夜営業のお店とか、コインシャワーとか、公園のトイレとかありますからね。べつに不自由しないと思いますよ」
 なんだか、暗に、「母屋のキッチンやお風呂やトイレはあまり使うな」と言われているような気がする。
 これはちょっとなあ。住むのにあまりにも不便すぎる。これなら、会社の寮のほうがずっとましだ。プライバシーの面や管理人の人柄を考えて寮は避けたいと思ったけど、その点でも、ここは寮といい勝負だ。
 それで、この部屋は断ることにした。


  2093年3月19日

 いろいろ探したけど、結局、寮に住むことにした。
 だってねえ。漠然と、就職後のひとり暮らしの住まいとして思い描いていたような、ふつうの単身者用マンションとかは、家賃が高くてとても無理。就職が決まったっていっても、正社員かどうかわからないわけだし。
 準社員の給料でなんとかなりそうな部屋といえば……。
 たとえば、きょう見た部屋は、ロフトにカーテンを垂らしただけ。ロフト付きの三LDKを三人に一部屋ずつ貸していて、さらにロフトにも間借り人を入れようってことだった。ふつうの間借りよりひどいよ。
 きのう見にいった部屋のひとつは、「キッチン+八畳」なんて古風な表記をしてあると思ったら、土間に立たなければ調理できないような流し台の向こうに、四十センチ×八十センチぐらいの小さな畳を八枚敷いた居室があるだけ。
 つまり、実際の広さは二畳と同じ。しかも、キッチン部分に冷蔵庫や食器棚を置けるスペースはないから、その二畳ほどのスペースに置かなくちゃいけない。それに、トイレとシャワーは八人で共用だし。
 これなら寮のほうがましだよ。管理人の人柄に問題ありだとしてもさ。
 それで、夕方、寮の申し込みにいった。
「申し込みが遅かったところをみると、うちに不満があったんでしょうけど。ふつうに借りるよりずっと得って、よくわかったでしょ」
 管理人にいやみを言われたけど、いちおう空き部屋はあった。七階建てのうち、五階の一角で、間取りや広さはバイトのときに泊まった部屋とほぼ同じだ。
 ベッドなどは備えつけだし、狭いから、たいしたものは運び込めない。寝具と、多少の食器や衣類程度だから、兄貴が休日に車で運んでくれることになった。
 引っ越しは二十八日。仕事は一日からだから、適当な余裕があって、ちょうどいいな。


この作品が気に入られた方は、下記から、小説検索サイトNEWVELに投票してやってくださいませ。

NEWVELへの投票

上へ

前のページへ   次のページへ