暗い近未来人の日記−タイムカプセル課・その1

 日記形式の近未来小説です。主人公は社会人一年生。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
なお、ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とはいっさい関係ありません。

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2012年7月22日UP

  2093年5月26 日

 六月から配属される部署が決まった。クリエイティブ部のタイムカブセル課だ。
 もともとクリエイティブ部の仕事をやりたくて入った会社だし、タイムカブセル課の仕事にも興味があった。
 クリエイティブ部といえば、ついこのあいだフリーランスで下請けの仕事をしていた人が過労で倒れたばかりだ。下請けを安くこき使っているみたいで、問題はありそうだけど、でもやっぱり興味のある仕事のほうがいい。
 それにタイムカブセル課は、下請けに依頼する仕事ってあまりなさそうだから、下請けいじめとかもないんじゃないかな。たぶん。
 タイムカブセルといっても、カプセルに物を入れて地下に埋めるってわけじゃない。ネット上のタイムカブセルだ。
 一定期間ののちに公表するという前提で文章や画像などのデータを預かり、その期間が経過したあと公表する。もしも請け負った会社が閉鎖や合併となる場合には、『カプセル』と呼ばれるデータファイルごと、別会社に事業が引き渡される。
 最初に登場したのはたしか七十年ほど前だけど、しばらくはプロバイダー一社による小規模で知名度の低い事業だったらしい。
 それが、口コミでじわじわ契約者が増えるにつれ、企業数も増えていき、半世紀ほど前のブーム時には数十社にのぼったという。
 そのころできた同業組合には、現在十二社が加入している。オロファド社の規模は、たぶん、下から三番目か四番目ぐらいだったと思う。
 下から数えたほうが早い弱小会社だけど、それでも、盛んになった半世紀前頃のものから十年前のものまで、十万件以上の『カプセル』が公開されている。公開待ちのカプセル数は知らないけど、たぶん、その何倍かになるんじゃないかな。
 公開されているのが十年前より古いカプセルばかりなのは、オロファド社の場合、待機期間が十年以上百年以下と決められているからだ。待機期間は会社によって違いがあるが、おおむねこのぐらいの期間のところが多いようだ。
 待機期間を終えたカプセルは、半年間無条件に公開されたのち、残すものと消去されるものが定期的に選別されるようになる。
 『メイカー』と呼ばれる申込者が支払うのは、公開待ち期間の保管料金と半年間の公開料金だ。それ以降の費用は、閲覧者が支払う料金と広告料で賄われる。
 そのため、カプセルを閲覧する料金は、半年間の無条件公開期間のものは無料だが、それを過ぎたものは有料となる。有料カプセルの閲覧料は、オロファド社では、一年契約、一ヶ月契約、閲覧ごとという三種類の支払い方法がある。
 じつはわたしも、オロファド社のではないけど、有料カプセルの利用をしたことが何度かある。学生時代、レポートや卒論の資料として使えるものがないか、のぞいてみたのだ。
 その目的にかなうものはあまり見つからなかったけど、けっこうおもしろかった。
 だから、今度の配属は楽しみだ。榊さんと離れられるってことだけではなく。


   2093年5月29日

 けさ、会社に着いたとたん、榊さんが言った。
「天野さん、次の配属、タイムカプセル課だって?」
 彼女の情報網にはいつも感心する。どこからこういう情報を仕入れるんだろう?
「よかったじゃない、あなたにぴったりのところに配属されて」
 こちらの返事も待たずに榊さんが言葉を続けた。
「知ってるぅ? タイムカプセル課って、歴史の好きな人を希望してるんだって。やっぱり学のある人は違うねえ。そういう課に望まれてぇ」
 榊さんがいやみっぽい言い方をしたけど、わたしはかえってタイムカプセル課に好感を持った。たぶん、それは、学歴とか知識よりも興味と適性の問題じゃないかと思ったからだ。
 オロファド社でもほかの会社でも、タイムカプセル事業をアピールするポイントの一つとして、サイトで公開されるカプセルが現代史の貴重な史料だという点を挙げている。
 それはわたしも同感だ。閲覧者にとって、現在公開されているカプセルは貴重な史料だし、メイカーにとっては、自分の残すカプセルがいつか貴重な史料になるだろうという魅力がある。
 もちろんマスメディアが残す大量の記録に比べれば、個人が残すカプセルの記録なんて微々たるものかもしれないが、それでも、マスメディアを通さない一般人の生の声ってのは、貴重な証言だと思う。
 タイムカプセルサイトってのは、貴重な記録を未来に残すという意義を持っている。歴史に興味のある人なら、たぶんみんなそう思ってるんじゃないかな。
 歴史に興味のある人を採りたいってのは、そういうことじゃないかと思う。
 それと、タイムカプセルサイトの自サイト紹介ページには、よく「さまざまな角度からの証言を残したい」というような抱負が書かれている。オロファド社のサイトにもそういう主旨の一文があった。
 たぶん、それも、歴史に興味のある人を採りたい理由の一つじゃないかな。
 歴史をやっていれば、ものごとをさまざまな方向から捉えようとするようになると、わたしは思う。歴史の好きな人には、自分の価値観や自分の属する集団の価値観を絶対的に正しいと決めつけるような、榊さんタイプの人は少ないような気がする。たぶんね。
 そういう意図もあって、歴史系出身の人間を望んでくれているんだったらうれしいな。


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