暗い近未来人の日記−タイムカプセル課・その2 |
日記形式の近未来小説です。主人公は社会人一年生。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
なお、ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とはいっさい関係ありません。
2013年7月21日UP |
2093年6月2日
今日からタイムカプセル課の仕事だ。
スタッフは、わたしを除いて四人。課長と田口さんと宇野さんと水口さん。田口さんは定年後も契約社員として仕事を続けている六十代の男性で、水口さんはその後継者として半年ほど前に配属された若い男性。課長は男性で、たぶん四十代か五十代前後。宇野さんは女性で、年齢はよくわからない。わたしよりだいぶん年上だけど、おばさんというほどじゃない。三十歳ぐらいかなと思うけど、もっと年上かも。
歴史に興味のある人を欲しいという希望を出したのは宇野さんだった。
今までに新人の研修で配属された人のなかには、自分の価値観を絶対的に正しいと思っていて、自分と異質な価値観で書かれたカプセルを受けつけない人が何人かいて困ったので、そういう条件を出したのだという。
「たとえば、集団いじめにあったという体験を綴ったカプセルを読んで、『被害者意識が強い人だから残す価値なし』と断じたりとか。そういう人がいたんだけど、タイムカプセル課のスタッフとしては困ると思ったのよね」
思わず頷いた。この会社に入ってはじめて、気の合う先輩に出会ったと思った。
「かといって、そういう人が独善的だとは思っていない管理職も多いから、『多面的なものの見方ができる人』なんて条件をつけても、たぶんわかってもらえないのよ。で、ああいう条件をつけてみたの」
「おれはあまり賛成じゃなかったんだがね」と、田口さんが口をはさんだ。
「それはそれで一種の固定観念だしな。思い込みの激しい歴史マニアなんて、いくらでもいるぞ」
それはまあ、そうかも。
宇野さんも頷いた。
「それはまあ、そうなんだけど、ほかにいいアイデアが思いつかなかったのよ」
「まあ、宇野ちゃんは柳川くんに苦労していたからな」
宇野さんは大きく頷き、説明してくれた。
「柳川さんてのは、去年の九月と十月に配属された人でね。一般的には企業で受けのいい人だと思うけどね。社交的で積極的、要領がよくて、人付き合いが得意ってタイプで」
なんとなく榊さんを連想した。彼女は確かにそういうタイプだ。
「実際、課長には高く評価されていたし、かわいがられてもいたんだけど。でも、自分と違う価値観とか、自分の価値観に反する事実とか、認めようとしない人でね。有料カプセルに残すのと残さないのを選り分けるときに、『こういう人、嫌い』と言ったり、『うそだ、こんな話、聞いたことない』と言ったり。で、そういう人を『信用できない』と決めつけて、有料カプセルとして残さないようにと主張するの」
ますます榊さんタイプのようだ。たぶん。
宇野さんの説明に田口さんが相槌を打った。
「それに宇野ちゃん、いじめられてたしなあ」
「ああ、まあ、それは私情だし。私情は仕事に持ち込みたくないし」
「少しぐらいは持ち込んでもいいと思うよ。そりゃあ、嫌いな人間をリストラに追い込もうとするような輩は論外だがね。自分に意地悪ばかりする人はうちの課に来ないで欲しいってのは、それとは違うだろ?」
「まあね。そう言ってくれるのはうれしいけど。課長には言わないほうがいいでしょ」
そう言って、宇野さんはこちらを見た。
「ごめんね。あなたに関係ない話だよね」
「あ、いえ」
「誤解のないように言っておくけど、課長はいい人よ。ただ、さっき言ったようなわたしの考えをどうしてもわかってもらえなかったというか、要領がよくて根回し上手な人に甘いというか……」
「なんとなくわかります」
庶務課にも、課長をはじめ、そういう人が何人かいた。
「まあ、ともかく、今日と明日はうちの有料カプセルをいろいろ見ていて。その合間に何か仕事をお願いすることがあるかもしれないけど」
そう言われて、有料カプセルを堪能することができた。
確かに宇野さんが言ってたように、できるだけいろいろな角度からの証言を残そうとしているなと感じた。
たとえばひとつの政策についての意見なら、賛成派と反対派の両方を公平に取り上げているとか。
正社員と非正規社員の格差について書かれたカプセルなら、正社員との格差に憤慨している非正規社員が書いたものも、正社員や管理職の立場から非正規社員を批判したものも、非正規社員のほうがいいという感想のものもある。
それに、格差の内容も会社によってずいぶん違うようだということもわかった。どう考えても正社員のほうが得という明確な階級差があるところも、給与や安定性に見合うほど正社員の負担が重くて、どちらがいいかは一長一短という会社もあるみたいだ。
うちの会社はその中間じゃないかな。
給料などの待遇と負担を秤にかければ、完全に比例はしないと思う。やっぱり、管理職より平社員、正社員より準社員、準社員よりパートやバイトのほうが割に合わないと思うし、出来高性で働くフリーランサーはもっと悲惨だ。
でも、給料の高い人も低い人も負担が同じとか、収入が少ない人のほうが負担が重いということは、さすがにないんじゃないかな。というか、ないと思いたい。