暗い近未来人の日記−タイムカプセル課・その4

 日記形式の近未来小説です。主人公は社会人一年生。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
なお、ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とはいっさい関係ありません。

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2014年12月13日UP

  2093年6月10日

 今日、宇野さんと外でランチしていたとき、ちょっとショックな会話を耳にはさんだ。
 隣のテーブルで、どこか近くの会社の人たちらしいグループが食事していて、そのなかに、なんだか榊さんを彷彿とさせるテンションの高い女性がいたんだけど……。
 だれそれは使えないだの、だれそれの給料を減らして自分の給料アップしてほしいだの、だれそれは自分に反論したから頭がおかしいだの、聞いているだけで気分が悪くなってくるような熱弁をふるったあと、自分の自慢話になったところで、こう言ったんだ。
「わたし、高校卒業したあと、就職に有利なように二年制のビジネス・スクールに進んだけど、ずっと学問に打ち込んでいても平気なくらい親が金持ちだったら、大学に行ったな。歴史が好きで、西洋史の勉強したかったんだ」
 ショックだった。
 もちろん、歴史の好きな人はみんないい人だなんて、思っていたわけじゃない。でも、一つの価値観しか認めないというタイプの人はあまりいないと思ってた。なのに、自分と違う考えの人は頭がおかしいいなんて自信たっぷりに言い切った人が、歴史好きだなんて……。
 就職できなくても平気なら、という条件付きのところが、わたしや大学時代の友だちとは違うけど。わたしも含めて、そんなに親が金持ちの人なんていなかったし。四回生のときには、みんな就職活動に必死だったし。
 そういうことを考えると、あの人が特殊だっただけかもしれないけど。
 でも、歴史をやっていれば多角的な考え方をするようになると思っていたのがわたしの思い込みで、こういう人もたくさんいるのかも……。
 よく考えてみれば、歴史の研究家には、自分の仮説が絶対正しいと信じていて、ほかの説は受け付けない人だってけっこういるみたいだしね。学閥によって説が分かれるとか聞いたことあるし、卒論のとき読んだトトカッパ文明についての本にも、そういうの何冊かあったし……。
 歴史好きだから偏見が少ないだろうという理由でタイムカプセル課に迎えられた身としては、なんか複雑だ。
 そう思ってたら、宇野さんも同じようなことを感じたらしい。店を出た後でぼそっと言った。
「こういう人にはうちに来てほしくないって典型みたいな人が歴史好きなんてねえ。あの条件、運が悪ければ裏目に出たかもね。来てくれたのが天野さんでよかったよ。ああいう人じゃなくて、ほんとによかった」
 そう言われて、へこんでいた気分がちょっと浮上した。そう思ってもらえるのは、やっぱりうれしいな。


  2093年6月16日

 今日、会社の仕事で、頭の痛いことがあった。カプセルを予約した女性(仮にAさんとしておこう)が、前の職場の同僚(仮にBさんとしておこう)を名指しで批判していたのだ。
 Aさんは、ほぼ同じ時期に入社したBさんと折り合いが悪かった。Aさんから見たBさんは、「とろくて、仕事ができない」タイプ。仕事ができるという自負心のあるAさんは、Bさんに足を引っ張られていると感じていた。それに、Bさんにいろいろアドバイスしたとき、Bさんが反感を示して無視することにも腹を立てていた。
 職場の同僚や先輩の大半と直属の上司もAさんと同意見で、皆に好かれて信頼されているAさんに対して、Bさんは嫌われ者だった。
 だから、入社して二年目、Bさんが十二指腸潰瘍で入院して二週間の有給休暇をとったとき、Aさんは、次の契約更新の際にBさんは契約更新されないだろうと思っていた。
 だが、Bさんの職場復帰後まもなく迎えた契約更新のとき、更新できなかったのはAさんのほうだった。Bさんは、じつは社長の娘だったのだ。
 Bさんは、社長の娘だということを隠してAさんにケンカを売り、Aさんの反応を父親や兄に告げ口していた。その兄というのは、Aさんがあこがれていたエリート社員で、Aさんは、リストラされたばかりか、あこがれの男性に嫌われて失恋してしまった……。
 そういう内容を読んだとき、Aさんは少し苦手なタイプかもしれないと思いながらも、同情した。そりの合わない相手が社長令嬢と知らずに対立してリストラされたというのは、やはり気の毒だと思ったんだ。
 ただ、困ったことに、Aさんは、会社の名前もBさんの名前も実名を使っていると思われた。同じ名前の会社が実際に存在していて、業種も会社の規模も所在地の地名も一致しており、偶然の一致とはとても思えなかったからね。
 そういうプライバシーに問題のあるカプセルは、けっこうよくあるらしい。年数が経ってから公開するのだからかまわないと思っている人が意外に多いみたいだ。
 だが、いくら「タイムカプセル」といっても、個人名を出しての個人攻撃など、そのまま通すわけにはいかない。ましてAさんが希望している発表年は、わずか十年後なのだ。最低限、社名や個人名は仮名にして、特定できないようにしてもらわなくては困る。
「話がこじれそうなら代わってあげるから、電話してみなさい」
 宇野さんに言われて、内心びくびく、緊張しながら電話をした。
 ビジネスマナーとして、こちらの映像を相手が見ることができるよう、映像ボタンをオンにして電話をしたが、個人の電話はたいてい知っている人以外では映像を出さない。Aさんもその例にもれず、こちらの映像は見てはいるが、自分の映像はオフにしている。だから、どんな人かは声から推し量るしかないが、気の強そうな人というイメージを受けた。
 その印象は、説明している途中で甲高い声に遮られたとき、いっそう強まった。
「なぜよ?」
 ヒステリックな声だった。
「十年もあとで公開するんでしょ?」
「十年後なら、名指しされた方も存命でしょうし、会社も存在するでしょう。それに、そもそも……」
 言いかけた言葉は、金切り声に遮られた。
「じゃあ、何十年後ならいいのよっ!」
「そもそも年数の問題ではなく、固有名刺をこれほどはっきり出されるのは……」
「何よ、あなたはっ! いま十年後だからだめだと言ったじゃないのっ! 言うことがころころ変わるのねっ!」
「いえ、そうではなく……」
「あなたみたいな人、信用できないわ! 上の人を出しなさいよ! 上の人を!」
 困っていたら、宇野さんが代わってくれた。宇野さんも、かなり苦労して説明していた。なんとか了承してもらったということだったが、電話のあと、顔をしかめていた。
 Aさんって、なんだか、どこか榊さんに似ているような気がする。


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