暗い近未来人の日記−安藤さんの話

日記形式の近未来小説です。主人公は大学4年。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とはいっさい関係ありません。

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2003年9月25日UP  
     安藤さんってだれだっけ……という方は
ここをお読みください。
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  2092年10月23日  2003年8月25日UP

 なにげなくテレビを見ていて驚いた。安藤さんがコマーシャルに出て、健康ドリンクを飲んでいたからだ。テロップで会社の所属部署や名前まで出て、そのあとに「わたしたちがつくっている自信作です。安全で体にやさしいドリンクです」というメッセージがつづく。
 なんてこと。結局、安藤さんはコマーシャルに出たんだ。発ガン性があるかもしれないドリンクなのに。
 彼女、どういうつもりなんだろう? あのとき聞いた話のようすじゃ、「じつは誤解で危険はない」なんて可能性は低そうだったけど。危険から目をそらして、危険性はないと信じることにしたんだろうか? それとも、未来に病気になるとしても、いま失業しないという道を選ぶことにしたんだろうか?
 そんな選択肢はあんまりだ。悲しすぎるし、恐すぎる。それなら止めなきゃ……とは思うんだけど。でも、どういって止めていいかわからない。彼女が選んで決めたことなんだし……。
 電話してみようかとも思ったけど、電話してどういえばいいのかわからないし……。
 うーっ。放っといたらいけないような気はするんだけど……。でも放っとくしかないし……。どうすりゃいいんだろ?


  2092年10月24日  2003年8月25日UP

 岡野くんからメールがきた。この夏休みに安藤さんたちといっしょに会ったけど、そんなにしゃべったわけじゃないし、高校時代に親しかったわけでもないので、めんくらった。
「安藤さんがコマーシャルに出ていた。やめさせなければと思います。それでメールしたけど、返事はきません。電話番号は知らないんです。そちらからなんとか連絡がつきませんか?」
 そういえば、高校時代、岡野くんが安藤さんを好きらしいとか、告白してふられたとか、ウワサに聞いたことがあったっけ。このあいだ会ったときも、「岡野くんは安藤さんに会いたくてくるのよ」とか、りーちゃんが言ってたな。
 岡野くん、安藤さんのことが今でも好きで、それで心配してるのかな? それとも、ジャーナリスト志望とか言っていたから、そっち方面からの興味だろうか?
 でも、どっちにしろ、わたしは安藤さんの電話番号を知らないし、仮に知っていたとしても、人の電話番号を無断で教えるわけにはいかない。岡野くんが安藤さんに片思いをしているならなおさらだ。べつに岡野くんがストーカーになるとか疑っているわけじゃないけど、やっぱりねえ。
 それで、岡野くんには、「わたしも安藤さんの電話番号は知らないので、メールだけしておこうと思います。でも、安藤さんが考えたすえに決めたことなのに、どう止めていいかわかりません」と、メールで返事をした。
 安藤さんのほうへは、ちょっと考えて、文字のメールじゃなく、音声メールを送った。とはいっても、「コマーシャル見たけど、ほんとにだいじょうぶなの?」ってだけ。それしか言いようがない。


  2092年10月25日  2003年9月11日UP

 安藤さんからメールの返信がきた。文字メールで、「心配してくれてありがとう。だいじょうぶだと信じることにした」って。音声メールじゃなくて文字メールなのは、声を聞かれたくないから、声には感情が出てしまうから……って思うのは、勘繰りすぎかなあ。「ほんとうはだいじょうぶだと信じていない」っていってるような気がするんだけど。


  2092年10月31日  2003年9月25日修正

 安藤さんからメールがきた。音声メールで 「相談したいことがあるの」って。どうも声が震えている。携帯電話の番号まで伝言してあったので、メールはやめて携帯のほうにかけてみた。
 画面に出た安藤さんの顔はまっさおで、「たいへんなことを知ってしまって……」と言う。「こんなこと、相談していいかどうかわからないんだけど……。めんどうに巻き込んでしまうかもしれないんだけど……」
 くわしく聞こうとすると、「電話では説明しきれない」と言う。それに、「電話で話すの、恐いし」って。
 それって、盗聴されているかもしれないってことかな、やっぱり?
「そのう……。このあいだ会った店で、三日の一時に岡野くんと会う約束をして……。もし、よかったら、いっしょに話を聞いてほしいんだけど……。だめ?」
 店の名前をはっきり言わないってことは、やっぱり盗聴を心配してるんだろうな。たぶん、例の危険な健康飲料と関係あるんだろう。社外の人間に秘密をもらしたのがバレるとクビにされるかもしれないってことなのかな?
 スリラー物とかだと、秘密を知ったら命を狙われたりするけど……。まさかねえ。
 もちろん、こんなことは安藤さんには言わない。なにしろ、盗聴されているかもしれないんだから。
 つかのま迷った。ふつうなら、これっておじゃま虫なんだけど、気をきかせる場合じゃなさそうだ。そもそも安藤さんは、デートしたいわけじゃなくて相談ごとがあるんだから、岡野くんとふたりきりは避けたいかもしれない。三日に訪問しようと思ってた会社があったんだけど、予約しているわけではないから、ほかの日にまわせなくはない。
 そう考えて、安藤さんに「いいよ」と約束した。このあいだ会った喫茶店は実家のある町だから、ちょっと遠いけど、今度の週末は帰省することにしよう。


  2092年11月3日   2003年9月25日UP

 安藤さんと約束した喫茶店に、数分早く着くと、岡野くんが先にきていた。しばらく待つと、りーちゃんと水谷さんがきた。ふたりの話からすると、わたしのあとに水谷さん、りーちゃんの順に安藤さんに電話をかけ、きょうの約束をしたらしい。
 でも、かんじんの安藤さんがいつまで経ってもこない。
 一時半を過ぎたころ、りーちゃんが少しイラついたように言った。
「やーね。自分のほうから呼び出しといて。まさか忘れてるんじゃないでしょうね?」
「そんないいかげんなコじゃないよ」と、水谷さんが弁護した。
「あのコ、連絡もなしで約束破ったことなんてないもの。約束の時間に遅れたことだってめったになかったし……」
 わたしは安藤さんとは学校だけのつきあいだったが、水谷さんはかなり親しくしていたようだから、待ち合わせとかよくしていたんだろう。
 水谷さんの言葉で、なんだか不安になってきた。
「電話してみたほうがよくない?」
 水谷さんもそう思ったらしく、携帯を取り出して店から出ていった。
 しばらくして戻ってきた水谷さんは、手を横に振りながら言う。
「変なの。いくら鳴らしても出ないんだけど、場所がT市になってる」
 T市は安藤さんがひとり暮らしをしている町だ。ってことは、安藤さんがまだT市にいるか、でなければ、携帯をアパートに置き忘れたまま帰省しているということになる。圏外じゃないのに電話に出ないのは、後者の可能性が高い気もする。
 そう思ったので、そう言ったら、水谷さんは、今度は安藤さんの実家に電話してみた。
「えっ、あの子、きょう約束してたんですか? 帰ってきていませんけど?」
 安藤さんのおかあさんがけげんそうに答える。
「えっ、そうなんですか? じゃあ、約束の日をまちがえたのかも。どうもすみませんでした」
 水谷さんはそう言って電話を切ったけど、日をまちがえていたはずはない。
「どういうこと? ますますいいかげん」
 りーちゃんは腹を立て、水谷さんと岡野くんは、「そんなはずはない」と主張する。
「わたしたちに会うって、親にないしょにしてたんじゃないのかな? コマーシャルに出るのがアブナイかも……ってのも、話してないとか?」
 わたしが言うと、「それよ」と水谷さんがうなずいた。
「親御さんに心配させたくなかったのよ、きっと。実家に帰らずに、直接ここにくるつもりだったんだ」
「いやな予感がする」と、岡野くんがいいだした。
「ここにくるつもりだったのに、まだT市にいるんだろう? ……アパートにいってみたほうがいいんじゃないのか?」
 みんな顔を見合わせ、それからちょっと話し合って、岡野くんと水谷さんが安藤さんのアパートにいき、わたしとりーちゃんがもうしばらくこの店に残ることにした。四人で出かけたら、もしも安藤さんが遅れてやってきたとき、すれ違いになってしまうと思ったからだ。
 岡野くんは車に乗ってきていたから、渋滞にさえひっかからなければ、T市まで一時間ちょっとぐらいでいける。安藤さんのアパートは、水谷さんが何回か行ったことがあって、道順を覚えているというから、迷うこともないだろう。
 そう聞いたので、それぐらいなら、水谷さんから連絡が入るまで、この店で粘ってもいいかという気になったのだ。
 でも、待っている時間は長かった。
 ふだんなら、りーちゃんとおしゃべりしていれば、一時間なんてアッというまなんだけど、安藤さんのことが気にかかっているからね。
「わたし、きょう予定があったから、正直いって、ちょっと迷惑と思ってたんだけど……」と、りーちゃんが言う。
「時間とか場所とか、一方的に決められた感じで、ちょっとムッとしてたし……」
「一方的に決められた?」
 わたしと話したときには、安藤さんはこちらの都合に気をつかっているようにみえたけど……。
「うん。『このあいだ会った店』なんて言うから、遠いって文句を言おうとしたら、こっちの言うことを遮って、『一時によかったら来て』ってだけ言って、そそくさと電話を切ってしまうし……」
 ちょっと考えてから、「あんた、店の名前を言おうとしなかった?」と聞いたら、「した」という。
「『グラジオラスでしょ?』って言いかけたとたんに遮られた」
 りーちゃんって、ひょっとして警戒心が薄いのかなあ。
「それ、盗聴されてるかもしれないからじゃないの」
 声をひそめてそう言ったら、りーちゃんは目を丸くした。
「やめてよ」と、りーちゃんもひそひそ声になる。
「安藤さんがやばいことになってるって……、ほんとに思ってるの?」
「わからない。でも、警戒するにこしたことはないでしょ。少なくとも、安藤さんはやばいと思ってるみたいだったよ」
「やだ」と、りーちゃんは泣きだしそうな顔になった。
「あんたは全然そういう可能性を考えてなかったの?」
「そりゃ、まあ……。わたしも、気になったから来たんだけどさ。でも……。恐いよ、そんなの」
 そんな話をしたり、黙りこんだりしているうちに、水谷さんたちが安藤さんのアパートに着いたらしく、りーちゃんの携帯の着メロが鳴った。
 りーちゃんが店の外に出て話し、しばらくして戻ってきた。
 電話はやはり水谷さんからで、いくら呼んでも安藤さんは出てこないという。
「部屋に入って確かめられないか、大家さんに聞いてみるって。無理だと思うけどねえ。家族でもないのに」
 そりゃあ、そうよね。住人の友だちですって人がきたって、ふつう、大家さんは、合鍵使って部屋に入れたりはしないよねえ。
 でも、そうするってことは、水谷さんと岡野くん、よっぽど気になるんだろう。
 ともかく、わたしたちは喫茶店を出て、帰ることにした。りーちゃんは、ひとり暮らしをしている町がちょっと遠くて、三時間以上かかるし、ねばりすぎて、お店の人の視線が冷たくなってきたし。
 わたしの実家はここから歩いて五分ほどだから、お店の人に、実家の電話番号を書いたメモを渡した
「もし安藤さんって人が来て、わたしたちのことをたずねたら、このメモをお渡し願えませんか。もう来ないかもしれないんですが」
 そう頼むと、店の人は、わたしたちがどうして粘っていたのか納得したようで、快く引き受けてくれた。
 わたしはそれからしばらく実家で待機してたんだけど、結局、安藤さんからの電話はなかった。
 かわりに、水谷さんからの電話はあった。やっぱり管理人さんには部屋に入れてもらえず、手紙をドアポストにはさんで帰ったという。気になるので、安藤さんの実家に電話をかけなおして、彼女に連絡がつかないことを伝えておいたそうだ。


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