暗い近未来人の日記−安藤さんの話・2 |
日記形式の近未来小説です。主人公は大学4年。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とはいっさい関係ありません。
2003年11月21日UP |
2092年11月5日 2003年10月17日UP
水谷さんからメールがきた。涙声で、「麻緒が死んだそうです」と、ただそれだけ。麻緒というのは、安藤さんの名前だ。このあいだ会ったときに水谷さんの電話番号を聞いてあったので、電話してみた。
安藤さんは、きのう、遺体で発見されたという。発見者は安藤さんのおかあさんだ。
おとつい、水谷さんが安藤さんの家に電話したあと、おかあさんはだんだん気になりはじめ、夜になって電話をかけた。でも、連絡がつかなくて、きのう、会社に電話したところ、無断欠勤していると言われ、心配になってアパートまで行ってみた。
そうしたら、安藤さんがベッドで麻薬を飲んで亡くなってたっていうんだ。
きのうのお昼すぎに発見されたとき、死後一日以上は経ってるって言われたって。ってことは、わたしたちがあの店で安藤さんを待っていたとき、彼女はすでに亡くなっていたことになる。
争った形跡はなく、麻薬を入れた小ビンが枕元にあったことから、警察は、トリップしようとして事故を起こしたか、でなければ自殺の線もあると言っているそうだ。
麻薬ってのは、「パラダイス・ドリーム」とかいう名前でけっこう広く巷に出まわっている薬らしい。
とはいっても、もちろん違法の麻薬だ。つっぱってる人ならともかく、安藤さんみたいなまじめな人が、そんなものに手を出すとは思えない。
ただ、この麻薬は、一定量を越えると昏睡状態になって死んでしまう。いい夢を見ながら苦しまずに死ねるというので、べつにそれまで麻薬などやったことのない人が、なんらかのルートで入手して自殺に用いることがあるってのは、ときおり事件になるから知っている。
でも、自殺のはずはない。わたしたちと会う約束をしていながら、その一方でわざわざそんな麻薬なんて手に入れて、約束をすっぽかして自殺するなんておかしい。
そう言うと、水谷さんもそう思うと答えた。
事故でも自殺でもないとすると、安藤さんは……。その先は恐くて口にできなかった。水谷さんも口にしなかった。
この日記を書いている今も、震えが止まらない。
だって、事故でも自殺でもないとすると……。答えは一つしかないじゃないの。
2092年11月7日 2003年10月17日
きょう、二社から同時に不採用の通知が届いた。
奇妙なものだと思う。高校時代の同級生がいきなり亡くなって、それもひどく不審な死に方だというのに、以前と同じように就職活動したり、不採用の通知を受け取ってがっかりしたりするんだから。
それと、警察からメールがきていた。もちろん安藤さんの件だ。安藤さんの携帯電話にわたしのメール・アドレスが記録してあったので、メールしたのだという。話を聞きたいので連絡を欲しいという内容で、担当者の名前と電話番号を書いてある。
きょうはもう遅いから、あす電話しよう。
2092年11月8日 2003年10月17日
きのうの警察からのメールは、どうも不気味だ。
電話しようとして、いちおう念のため、番号案内に確認したら、教えてくれた番号は違う。番号がいくつもあるのかもしれないと思い、番号案内で聞いた番号に問い合わせたところ、しばらく待たされてから、メールにあった担当者はいないし、そういう番号は使っていないという返事が返ってきた。
「不審だから、その番号に電話するのはやめてください。メールの返事もしてはいけませんよ」
電話に出た人にそう言われた。もちろん、電話もメールの返信もしませんとも。
念のため、りーちゃんと水谷さんと岡野くんにこの一件を知らせておいた。同じようなメールがいくかもしれないと思ったから。
しばらくしたら、りーちゃんから電話がかかってきた。
「わたし、電話しちゃった」
りーちゃんが泣きだしそうな声で言う。番号を確認すると、あのニセ警察のメールにあったのと同じ番号だ。
「だって、警察だと思ったし……。無視したら、あとでめんどうかもって思ったし……。電話したときも、あやしそうに見えなかったよ?」
「なにを聞かれたの?」
「どういう知り合いかとか、何か悩んでるようすはなかったかとか。……住所と電話番号も教えた……。わたし、恐い!」
「け、警察、ほんものの警察に話したほうがいいんじゃ……」
「やだ。もう関わりたくない。あんただってそうでしょ? わたしたち、就職を控えているのよ? 妙なことに巻き込まれて就職にさしつかえたりしたら……」
「ちょっと、そんなこと言ってる場合じゃ……」
「安藤さんにメールなんてしなきゃよかった。だって、高校時代だってとくに親しかったってわけでもないし、卒業してから全然つきあいなかったのに。この夏休みにあんな話を聞いたから、つい……」
りーちゃんは恐怖のあまりキレかかってる。無理もない。逆の立場だったら、わたしだって恐い。あの番号に電話しなくてよかった。
ともかく、りーちゃんが落ち着くのを待って、警察に相談するよう説得した。りーちゃんがほんとうに危険なのかどうかはわからないし、警察がどれだけあてになるかはもっとわからないけど、少なくとも、りーちゃんちの周辺に気をつけてパトロールするぐらいのことはしてくれるんじゃないかな。たぶん。
それだけじゃ心もとないけど、ほかに対策を思いつかないし……。
「人通りの少ない時間にひとりで出かけるのとか、なるべくやめるのよ。あと、携帯をいつでも助けを呼べる状態にしておくとか……」
そう忠告すると、りーちゃんは「そうする」と答えた。
2092年11月10日 2003年11月21日UP
安藤さんのことと、あの怪しいメールがあったからかな。あれから、ときどき、だれかに尾行されてるような気がすることがある。
きょうも母親から電話がかかってきて、近所の人たちにわたしのことを聞き込みしている人がいるっていうし……。
「就職の内定を出すまえに身上調査をする会社があるって聞いたことあるから、それじゃないの? 教えてくれた人は、縁談じゃないかって言ってたけど、べつに見合いをしたってわけじゃないから、それはないでしょ」
母親はなんだかうれしそうだ。縁談か就職内定のどっちかだと決めてかかってて、うかれている。
まあ、親としては、縁談でも就職内定でも、めでたいことなんだろう。わたしとしては、仮にそのどっちかだとしても、気持ち悪いんだけどな。そりゃあ、就職はちゃんとしたいけど、興信所を使って社員のプライバシーをかぎまわる会社なんて、できれば避けたい。
それに、そもそも就職内定じゃないような気がする。いままで面接にいったなかで、内定までいきそうな感触のよかった会社って、なかったし……。なんといっても、ああいうことのあったあとだし……。
安藤さんはたぶん殺された。で、あの怪しいメールが犯人だとすると、犯人はわたしのメールアドレスを知っている。でも、メールからいろいろ探り出そうとしたところをみると、ここの住所は知らないんじゃないかな。
それなら、実家のことをどうして知ったかというと……。わたし、そういえば、あのとき待ち合わせしていた店で、安藤さんが遅れてきた場合を考えて、名前と実家の電話番号をお店の人に伝言したっけ。あのあたりからかな。
で、それをもとに近所をかぎまわったとすると……。
わたしは近所づきあいって苦手だったんだけど、親はそれなりのつきあいがあるから、わたしが通ってる大学とか、学生寮に住んでいることを知っている人は何人もいる。
……ってことは……。犯人たちは、わたしにメールを送った時点ではここの住所を知らなかったけど、いまは知ってるってことにならないか?
2092年11月11日 2003年11月21日UP
岡野くんからメールがきていた。「身辺をかぎまわっている者がいないか」って内容だった。岡野くんもかぎまわられてるみたいだ。
「相手が接触してきても、何も知らない、聞いてないって態度をとって、よけいなことを言わなければ、たぶん危険はないだろう。念のために、この件に関してむやみにメールのやりとりもしないほうがいい。この返事もいらない。ただし、まんいち、かなり危険を感じるような状況になって、助けがいりそうなら連絡してくれ。助けになるかどうかわからないけど」
そうしめくくって、電話番号も書いてあった。