暗い近未来人の日記−安藤さんの話・4 |
日記形式の近未来小説です。主人公は大学4年。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とはいっさい関係ありません。
2004年2月27日UP |
2092年11月17日
学生寮にこのあいだの人が訊ねてきた。デパートの地下で、尾行している男がいるって教えてくれたあの人だ。
「一ノ瀬涼子といいます」と彼女は名乗った。
「事情を教えてください」
そう聞かれたんだけど、警戒心が先に立った。だって、わたしはここの住所を彼女に教えていないのだ。大学名だって教えた覚えはない。
それなのに、どうしてうちの寮がわかったのか?
このあいだは疑いもしなかったけど、この人自身がわたしのことを探っている一味って可能性があるんじゃないのか? 尾行している男のことをわざわざ教えたのは、わたしにあやしまれずに接近する手段かもしれない。いや、ひょっとして、わたしが尾行を巻こうとするかどうか試したって可能性もないか?
そんなことを考えていると、一ノ瀬涼子は顔を真っ赤にして叫んだ。
「わたしも巻き込まれたんです! あそこであなたに警告したばっかりに!」
ホールにいた人たちがこちらを振り返ったので、彼女は声をひそめた。
「わたしのことを探りにきた人がいたんです。あのときの男の一味です。わたしのことをあなたの仲間と思っているみたいでした。もちろん、そのことであなたに文句を言うつもりはありません。ただ、事情がわからないと、何も手を打てません」
彼女の言うことを、わたしは全然信用していなかった。だからこそ、あまり詰問してもまずいという気もした。この人が安藤さんを殺した犯人と何か関わりがあって、わたしのことを探っているのなら、少しとろそうにふるまったほうがいい。
「わたしは彼らの一味じゃありません」
一ノ瀬涼子は、まるでわたしの心を読んだかのように言った。わざわざこんなことを言うあたり、ますますあやしい。
「どうしてわたしの住所を知ったんですか? 教えていないのに」
このぐらい聞いても、まあ、だれでも感じる疑問よね……と思いながら、たずねたら、彼女はちょっと迷ってから答えた。
「わたしのことを探っていた人に聞き出したからです」
あまりにも不審な答えだったので、首をひねった。
「あなたのことを探っていた人が、わたしの住所を教えた? ……って?」
「つまり……。あなたのことを探っていた人たちが、わたしをあなたの仲間と思って、わたしのことを探りにきたんです。で、こっちから事情を探りだそうとしたんですけど、その人も事情を知らされてなくて……。ただ、あなたの住所は知っていたので、あなたから直接聞こうと思ったんです」
ますます変だ。この人は、自分の身辺を探っているあやしい人間に、面と向かっていろいろ質問したわけ? で、あのわたしのあとをつけてた男だか、その仲間だかが、聞かれたままにベラベラしゃべったわけ?
それなら、双方ともにとんでもない天然じゃない?
彼女は困っていたようだが、ちょっと考えてバッグに手を入れ、名刺を一枚取り出した。
「らちがあかないので渡しておきます。話してくれる気になったら連絡してください」
そう言い残して、一ノ瀬涼子は帰った。
名刺は、友だちに渡すプライベート用って感じのパソコン製だ。名前はたしかに「一ノ瀬涼子」になっていて、たしかに彼女のスナップ写真が入っている。
わたしに近づくためにこの名刺をわざわざつくったってんでなければ、「一ノ瀬涼子」ってのは本名か、少なくともふだんから使っている名前だろう。
で、なんとなく、彼女に会ったときの日記を読み返して気がついた。
彼女に会ったとき、二度とも、頭の中で声が響いたような経験をしている。空耳だろうと思っていたけど……。ほんとうは自分が強くそう感じただけなのに、声が聞こえたように錯覚したんだろうと思っていたけど……。
もしかして、彼女、テレパスって可能性ある?
テレパスなんて、今まで知り合いにはいなかったけど、そういう人がいるって話は知っている。
人の心の動きに敏感な人ってのはときどきいるけど、まあ、ふつうは経験なんかで培われたコミュニケーション能力で、あいての表情やしぐさなんかから判断している。それに、人の気持ちがよくわかると自分で思い込んでいて、周囲にもそう思わせているけど、ほんとうは全然わかっていないって場合もある。
だけど、そういうのでは説明できない読心能力をもっている人がときどきいるんだそうだ。
しかも、日本人では、近年そういう人が増えているって、どっかで読んだ。テレパシーの実験をしたら、よく当たる人が昔の実験より多いっていうんだ。
テレパシーってのは、離島や宇宙空間みたいな隔絶された場所で発現しやすく、日本みたいな過密地帯でテレパスが増えるのはふしぎらしい。
日本の企業では異常なほどコミュニケーション能力が重視され、それに不況が加わって、マイペースで仕事をするタイプの人は、正社員からバイトに落とされたりして安く使われやすいから、生きのびるために読心能力が発達しているんじゃないかということだった。
そんな理由のテレパシーって、なんだか悲しいな。
おっと、脱線しちゃった。それはともかくとして……。
一ノ瀬涼子がもしもテレパスだとしたら、探っていた相手からわたしの住所を知ったってのもわかる。
彼女と最初に出会ったのは、安藤さんの件と関係ないと思う。例の健康ドリンクの疑惑は聞いてはいたけど、それで安藤さんに夏休みに会っただけのわたしのことを探ろうとしたり、就職の面接会場にわざわざ探りにきたりはしないだろう。
二度目の出会いも、故意と考えるのはムリがあるような気がする。
彼女とのやりとりを思い出してみると、たしかに、ときどきわたしの心を読んでいたような気がしないでもない。
もしも彼女がテレパスで、味方になってくれるのなら、とても心強い。テレパスがどのていど人の心を読めるのかはわからないけど、探っていた相手からわたしの住所を読み取ったんなら、そうとうなもんじゃない?
でも……。
そんな能天気な期待なんてしていいんだろうか?
どうしたもんかな、この名刺。追い返しちゃったけど、連絡をとってみようか? でも、飛んで火に入る夏の虫って気もするし……。
うーん、どうしよう?