暗い近未来人の日記−安藤さんの話・5

日記形式の近未来小説です。主人公は大学4年。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とはいっさい関係ありません。

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2004年4月13日UP

  2092年11月20日

 一ノ瀬涼子って人に連絡をとろうかどうか迷ってたけど、どうやら迷う余地がなくなってきたみたいだ。
 水谷さんから連絡があって、岡野くんが安藤さん殺しの容疑者になっているらしい。つまり、安藤さんの死因が自殺ではなくて他殺という疑いが強くなってきて、他殺なら岡野くんに動機があるってことになっているらしいんだ。
「そんなばかな。なんでまた……」
「岡野くんが麻緒を好きだったからよ」と、水谷さんが言った。
「いまはどうだかわからないけど、少なくとも高三のとき、岡野くんは麻緒を好きで、卒業まぎわには告白もしたの」
「えっ、そうだったの?」
「うん。麻緒のほうはべつにそれまで岡野くんに特別な気持ちを持ってなかったんだけど、そのとき彼氏もいなかったし、卒業をひかえて感傷的になってたし、告白されて悪い気はしなかったし……ってんで、卒業したあとしばらくは、メールとか電話のつきあいがあったの。でも、半年もしないうちに疎遠になって、まあ自然消滅したわけ。よくある話だけど」
「で、同窓会で焼けぼっくいに火がついて……とか、警察は考えてるわけ?」
「まーね。岡野くんが麻緒をストーカーして、殺したんじゃないかって疑ってるみたい。でなきゃ、岡野くんにストーカーされたのが原因で、麻緒がノイローゼになって麻薬に手を出したんじゃないかって」
「ずいぶん短絡的な推理ね」
「でしょ? どうも、警察がそういう疑いをもった理由ってのがね。麻緒の職場の同僚たちが証言したっていうの。麻緒が同窓会で久しぶりに会った高校時代の元カレにストーカーされて悩んで、ノイローゼ気味だったって」
「職場の同僚? そんなの、ほんとのこと言ってるわけないじゃん。どう考えても、バックにあるのは企業犯罪よ」
 わたしが尾行された話をしたら、水谷さんはあいづちを打った。
「そうよね。麻緒がストーカーなんかで悩んでたってのなら、わたしに話さずに職場の同僚たちにだけ話してるってはずないよね」
「そりゃあ、そうでしょ。安藤さんは会社に追い詰められてたのよ? それなのに、職場の同僚になんて気を許すはずないでしょ」
「そうよね。……なんだか、警察の人と話しているうち、ちょっと自分の考えに自信がなくなってきちゃって……。麻緒は岡野くんにも相談したんだから、岡野くんにストーカーなんてされてたはずないって、そう言ったら、麻緒が岡野くんにほんとうに相談したという証拠があるのか、なんて言うんだもの」
「ん? どういうこと?」
「つまりね。麻緒が岡野くんに相談したってのは、岡野くんがそう言ったのをわたしたちが信じこんだだけで、実際は違うんじゃないかって。聞き込みにきた刑事さんにそう言われたの。岡野くんと会う約束をしてしまったので、断るのを助けて欲しくてわたしたちをその場に呼んだんじゃないかって。そう言われてみると、それでもつじつまが合わなくもないような気がして……。ちょっと自信がなくなってきたの」
 そう言われると、わたしもちょっと自信がない。だけど、それならそうと安藤さんは前もって言うはずだから、やっぱり不自然だ。それに、もしも安藤さんの心配事がそんなことだとしたら、わたしの後をつけてきたあやしい男は何なのよ?
 それに、その刑事の言い方も気になる。
 警察官が捜査のとちゅうのあやふやな推理を、聞きこみに行った先でベラベラしゃべったり、相手に先入観を与えるようなことを言うのって、どっかおかしいような気がするんだけど……。
 刑事の知り合いなんていないから、よくわからないけど、推理が先走ったら、へたすりゃ冤罪事件になっちゃったりするから、刑事はそういうの慎むって、どこかでだれかに聞いたのよね。
 あ、そうか。だいぶん前に単発のバイトをしたとき、そこの店員さんに聞いたんだっけ。その人の友だちだか知り合いだかが、何かの事件で聞きこみにきた刑事さんにそう聞いたとか言ってたな。
 なら、水谷さんのとこに来た刑事って、ちょっと不謹慎じゃない? ……っていうより、ちょっとおかしくないか?
 そう思ったので、水谷さんにたずねた。
「その人、たしかに本物の刑事さん?」
「えっ?」と、水谷さんがけげんそうなので、疑問に思った理由を話した。
「えーっ。そんなこと疑いもしなかった。黒い携帯をちらっと見せられたし……。でも、言われてみれば、ちらっとしか見てなくて、マークとか確かめたわけじゃないから、ふつうの携帯かも……」
 刑事は、むかし警察のマークの入った黒い手帳を持ち歩いていた名残りとかで、同じマークの入った黒い携帯パソコンを持ち歩いているけど、でも、黒い携帯パソコンそのものはべつにめずらしくないのよね。一般に出回っている携帯パソコンの数台に一台は黒い色をしてるし……。
 ちらっと見ただけじゃ、マークなんて確かめられないし、そもそもそのマーク自体、偽造するのってべつにむずかしくないんじゃないの?
 身分証明がわりに使うんなら、いっそホログラフの携帯とか、ピンクと黄色のシマ模様の携帯とかいうような目立つのにすればいいのに。
 ま、それはどうでもいいけど……。
「やだ、もう!」と、水谷さんが泣きだしそうな声で叫んだ。
「頭がヘンになりそう。もう、何がなんだかわからない。……ちょっと待って。もし、あの刑事が偽者だとしたら、犯人の一味ってことよね」
「そりゃあ、そうでしょうね」
「で、岡野くんを陥れようとしてるってことになるわよね」
「そうね」
「……それって、岡野くんと連絡がつかないのと関係あると思う?」
「連絡がつかないって?」
「携帯に電話しても通じないし、メールの返事も来ないし、アパートにもいなくて、実家にも帰っていないらしいの」
「つまり……行方不明ってこと?」
「そうなの。警察が岡野くんを疑っているのも、それがあるからよ。……あ、警察じゃないかもしれないんだっけ」
「うーん……。どうなんだろ?」
 岡野くんが行方をくらましたってのなら、たしかに警察が疑ってもふしぎじゃないけど……。
 もしかして、岡野くんが危険なことになってるんじゃないのかな?
 それなら、放ってはおけない。水谷さんもそう思ったようだ。
「警察にこっちから連絡して、そういう刑事さんがほんとうにうちに聞き込みにきたかどうか、確かめてみる」
 水谷さんはそう言い、わたしは一ノ瀬涼子のことを話した。
「連絡をとって探りを入れてみる。ひょっとすると、あの人が協力してくれるかもしれない」
「ちょっと、だいじょうぶ? そんな人、信用して」
 水谷さんは心配そうだったけど、そう言われると、かえって一ノ瀬涼子とちゃんと話したほうがいいような気がしてくるからふしぎだ。
 もっとも、すぐに決断はつかなかったので、水谷さんとの電話のあと、いままでずっと迷ってたんだ。
 で、結論を出した。彼女を信用するかどうかはともかくとして、いちど会ってみよう。岡野くんが行方不明となると、ぐずぐずしていてはまずいような気がする。


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