暗い近未来人の日記−安藤さんの話・6

日記形式の近未来小説です。主人公は大学4年。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とはいっさい関係ありません。

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2004年6月19日UP

  2092年11月22日 

 きょう、一ノ瀬さんに会った。約束の喫茶店に行ったら、男の人といっしょだったので警戒したけど、その人は警察官の身分証明代わりの黒い携帯パソコンを見せた。
「ことがことだから、いとこに相談したんです」
 一ノ瀬さんはそう説明し、その人は関口五郎という名の刑事だと名乗った。
 そう言われても、すぐには信用できなくて警戒した。水谷さんのところに来たあやしい刑事の件もあるし、そもそも一ノ瀬さんを信用できるかどうか、よくわからなかったしね。
「ちょっとよく見せてください」
 そう言ってその携帯パソコンを手に取ろうとしたら、関口さんははあわててそれを引っ込めた。
 なんだかあやしい……と思いながら、じーっと見ていたら、一ノ瀬さんが口をはさんだ。
「それ、見せるだけで、人に手渡したりしちゃ、いけないらしいんです」
「でも、よく見なければ、本物かどうかわかりませんよ。……っていうか、よく見ても、本物と判断していいかどうか、よくわからないんですけどね」
 そう言ったら、関口さんは苦笑した。
「用心深いですね。それでかえって彼らの警戒心をあおってしまったようですが……」
 その言い方がますますあやしく感じられた。皮肉を言って、警戒心をもつのがいけないことのように思わせようとしているんじゃないかと思ったんだ。
「用心深いのが悪いんですか?」
「あ、いや、もちろん、用心深いに越したことはありません。ただ……。あ、それはこれから説明しますが、その前に、おれが本物の警察官と確認する方法を言っときます。帰ってからでも、署に電話して、おれを呼び出してもらえればいいんです。もしも留守中なら、伝言しておいてもらえればかけなおしますよ」
 そう言うので、関口さんのフルネームと所属部署直通の電話番号を控えた。ここまで言うからには本物だろうと思ったけど、いちおう念のためだ。
 そのあと、関口さんが説明してくれた。
 一ノ瀬さんのことを探ろうとした男がいて、調べたところ、わたしが何か警戒を要する相手で、一ノ瀬さんがその仲間と思い込んでいるらしいという。
「調べたってことは、その男を捕まえたんですね。何者だったんです?」
「あ、いや、それだけでは逮捕するわけにもいかなくて……」
「でも、不審訊問とかしたんでしょう?」
「いや、ちゃんと訊問したわけじゃなくて……」
 どうも歯切れが悪い。で、一ノ瀬さんについて、ひょっとしたら……と思っていたことを思い出した。
「テレパシーですか?」
 ふたりは明らかにうろたえたように見えた。
「な、何の話ですか?」
 とりつくろった表情で一ノ瀬さんがそう言ったけど、隣に座っているので、冷汗をかいているのがわかった。
 それで確信した。やっぱり彼女はテレパスだったんだ。
 一ノ瀬さんはしばらく頭を抱え込み、それから顔を上げて、しぶしぶといった口調で答えた。
「そうよ」
「おい?」と、関口さんが驚いたように一ノ瀬さんをふり向いた。
「しょうがないわ。隠せそうにないもん。……あーあ、人助けなんて、ガラじゃないこと考えるんじゃなかった」
「だれにも言いませんよ。プライバシーだし。こんなことバラしたってしょうがないし」
「ええ、お願い。……それにしても、よくわかりましたね。テレパシーなんて、本気にしていない人が多いのに」
「最近増えているって、本で読んだことがありましたから。……で、そのあやしい人から、何を読み取ったんです?」
「その男は、あなたがDDドリンクのことを調べようとしているのかどうか、確かめようとしてたみたいなんです。軽く探りを入れようとしたときに、あなたが用心深い対応をしたので、そういう可能性を疑ったみたい。で、わたしも仲間かもしれないと思ったみたいです。わかったのはそれだけです」
 DDドリンクってのは、安藤さんの勤めていた会社だ。
「じゃあ、やっぱり安藤さんは殺されたのね……」
 つぶやくと、一ノ瀬さんと関口さんが目を丸くした。
「殺された? 殺人事件が関わってるんですか?」
「安藤さんってのはだれだ? くわしく話してくれ」
 ふたりが口々に言うので驚いた。
「えっ? テレパシーで読んだんじゃなかったの?」
「テレパシーって、そんな万能じゃないんですよ。相手がそのとき考えていることしかわかりません。相手の知っていることが全部わかるってわけじゃないし、相手の知らないことは、もちろんわからないし……」
 そりゃまあ、相手の知らないことなんて、いくらテレパスでも読み取れないよね。一ノ瀬さんの周囲を探っていたのは、くわしい事情の知らない下っぱかもしれないし。
 で、ふたりにこれまでのいきさつをくわしく話した。一ノ瀬さんがテレパスとなるとつじつまが合うので、信用できるって気がしてきたし、岡野くんが危険な状況にいるのだったら、ぐずぐずしていないほうがいいと思ったんだ。
 水谷さんとりいちゃんの名前は、さすがにプライバシーと思って伏せておいたけど、岡野くんの名前は出した。岡野くんが自分の意志で姿を消したんだったらプライバシー侵害かなって思ったけど、危険が迫っているかもしれないんなら、救出を考えたほうがいい。
「わかった。調べてみる。管轄外のエリアだけど、放ってはおけない」
 関口さんはそう約束してくれた。
 で、ふたりと別れて帰ってから、一時間ほどおいて、関口さんがほんものの刑事かどうか確かめるのに、勤め先の警察に電話してみた。もちろん、教えてくれた電話番号ではなく、その所属署の電話番号をネットで調べて電話した。関口さんは外出中だったけど、伝言を頼んでおいたら、関口さんから電話がかかってきた。
 で、関口さんが本物の刑事とわかった。ついでに、岡野くんについてわかっていることも教えてくれた。
 岡野くんにストーカー容疑がかかっていたのはほんとうだったけど、容疑というより、そういう証言も出ていたという程度の話だったそうだ。もちろん、そんなことを岡野くんの友人たちにベラベラしゃべった刑事もいないらしい。
 岡野くんが行方不明なのは事実なので、命を狙われている可能性もあるという前提で捜索すると教えてくれた。
 これで安心していいかどうかはわからないけど、いちおう多少は状況がよくなったよね。
 そう思うことにして、水谷さんにも連絡しておいた。


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