暗い近未来人の日記−安藤さんの話・7

日記形式の近未来小説です。主人公は大学4年。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とはいっさい関係ありません。

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2004年10月18日UP  最新更新箇所はここ  作中で2日の話です。

  2092年11月26日   2004年8月6日UP

 関口さんから連絡があった。悪い知らせだ。岡野くんが亡くなった。岡野くんが通っていた大学の近くの池で、水死体で発見されたのだという。
 自殺か他殺か捜査中だというんだけど、そんなの、殺されたに決まっているじゃないの。関口さんもそう思っているみたいだけど、はっきりしたことがわかるまで断定はできないと言われた。刑事は予断を持ってはいけないんだって。
 それはまあそうだろうと思うけど、ちょっと気になった。
「ひょっとして、管轄の警察は自殺だと思っているんですか?」
 そうたずねたら、関口さんの返事はあいまいだった。
「はっきりするまで断定はしないはずだよ。ただ……。ストーカー容疑と関係あるんじゃないかという可能性は考えてるみたいだ」
「それって……。岡野くんがストーカー容疑を苦にして自殺したって、思ってるってことですか?」
 思わず声が気色ばんでしまった。こんなこと、関口さんに文句を言ったってしょうがないってわかってるんだけど。
「調べもしないうちに、断定はしないはずだよ」
 関口さんはそう言ったけど、言い方がちょっと自信なさそうな感じだ。
「それで……。関口さんは何か手を打ってくださっているんですか?」
 岡野くんとは、高校時代、同じクラスってだけでとくに親しくはなかったけど、いっしょにこんな事件に巻き込まれただけに、助けてあげられなかったのが悔しい。安藤さんも、岡野くんも、もしもタイムマシンか何かで過去に戻れて、助けてあげられる方法があったとしたら、助けてあげたい。
 そんなこと無理だとわかっているから、せめて犯人が捕まってほしいと思う。
 そんな気持ちがあるから、つい声が荒くなった。これじゃ、まるで八つ当たりだ。
「事件を担当できるように、上司にかけあってはいるが……。しかし、管轄が違うからむずかしい。きみがDDドリンクのことを言っていたから、問題の製品を検査してもらってはいるが」
 そうか。ちゃんとそういうことをやってくれてたんだ。問題の製品の危険性が立証されたら、安藤さんや岡野くんを殺した犯人も捕まるんじゃないだろうか。
 ほっとしたら、「ただ……」と、関口さんがつけ加えた。
「一般の毒物ならともかく、発癌物質なら、結果が出るまでにあるていど時間がかかると思う。必ず発病するとはかぎらないし、すぐに発病するわけでもないだろうからね」
 それはそうかもしれない。
「だから、こちらに任せること。勝手に何か探り出そうとかしてはいけない。危険だ」
 そうクギを刺された。
「岡野くんのことを水谷さんに話さなきゃ」
「水谷さん?」と聞き返されて、水谷さんの名前を伏せてあったのを思い出した。このあいだ関口さんに会ったときには、信用していいかどうかわからなかったし、本物の刑事だとしても、名前は個人情報だからと思って、話していなかったんだ。岡野くんのことで動転していたので、うっかり口をすべらせてしまった。
 この際、しょうがないか。
「このあいだ話してた友だちです。刑事と名乗る人が家に来たって言ってた……」
「ああ。話すのはいいが、くれぐれも犯人を探そうとか思って動かないよう、言っておいてほしい。岡野さんが殺されたという可能性が高い以上、用心しないと」
 関口さんの注意はもっともだったが、そのあとこうつけ加えられたのには苦笑した。
「ふだんの生活でも、くれぐれも用心するんだ。知らない人を家にあげたりしてはいけないよ」
「しませんよ、そんなこと」
「笑いごとじゃないんだよ。求職活動中ならひとりで出歩くことも多いだろうけど、気をつけるんだよ。……まあ、きみは用心深そうだからだいじょうぶだろうと思うけど。管轄じゃないから、護衛をつけるわけにもいかないし……。友だちにも用心するように言っておくんだ」
 そう言われたので、そのあと水谷さんに連絡したとき、そのまま伝えておいた。
 水谷さんは、岡野くんの死にショックを受けたみたいで、怯えていた。
 そりゃあ、そうよね。わたしだってショックだし、恐いもの。
「犯人探しなんてしないよ。恐いもの。だいいち、どうやって探したらいいのかなんて、わからないし……」
 水谷さんはそう言っていた。


   2092年11月29日   2004年10月18日UP

 奇妙な電話があった。深夜……ってほど遅くはないけど、うちの寮では原則として電話禁止になる夜の十時をすぎてからいきなりかかってきて、ドスのきいた低い男の声で、「岡野から預かり物があるだろう?」っていうの。
 安藤さんと岡野くんを殺した犯人の一味だ!
 そう確信したので、心臓がバックンバックン高鳴った。
「預かり物なんて知りません。そちらはどなたですか?」
 言いながら、録音のスイッチを入れた。
 これって、ミステリー小説やスリラー物のドラマなんかでよくあるシチュエーションよね。岡野くんは何か重要な証拠を手に入れて、それをだれかに預けたか、どこかに隠したんだ。たぶん、岡野くんが殺されたのもそれが原因だろう。
 一味は、どういう理由でか、わたしがそれを預かったと思い込んでいるようだ。それとも、岡野くんが預けたかもしれない人みんなに片っ端から誘導尋問しようとしているんだろうか?
 どちらにしても、わたしが預かったと思われたら危険だ。
 でも、それが何なのか、知りたい。それが何かわかれば、関口さんが探しあててくれるかもしれない。探りを入れれば、何か口をすべらしたりしないだろうか?
 そう期待したんだ。あとでよく考えたら、相手が口をすべらせたら、それはそれでやばいって気もするんだけどね。でも、電話を受けたときには、チャンスだと思ったんだ。
 こちらの質問に、もちろん相手は答えなかった。
「しらばっくれるな。預かったはずだ」
「それはどういうものですか?」
「やっぱり預かったんだな?」
「預かってませんよ」
「ごまかしてもムダだ。預かってるんでなければ、なぜそういうことを聞く?」
「預かってないから聞いてるんですけど? もしも預かってれば、聞く必要ないでしょ?」
「ん?」と、相手は考え込んだ。
 一味の主犯がどういう人かはわからないけど、この男といい、以前にわたしのあとをつけてきた男といい、少なくとも末端でいろいろやってる人間は、わりと頭が悪そうだな。プロじゃないって感じがする。素人を傭ったのかな? ひょっとして、DDドリンクのアルバイトとかだったりして。
「そういえばそうか」と、相手は納得している。
「で、それはどういうものなの?」
「なんでそういうことを聞きたがるんだ?」
「預かってもいないものを預かっているはずだと言われたら、知りたくなるでしょ」
「よけいな好奇心を出すんじゃない。命が惜しければな」
 男がすごんだ。素人くさいと思ってついナメてかかりかけたが、ドスのきいた声ですごまれるとやっぱり恐い。頭が悪そうだからといって、べつにお人好しってわけではないだろうしな。こんな仕事をしている人なんだから。
「いいか。よけいな詮索をするなよ」
 捨てゼリフのようにそう言うと、男は電話を切った。
 で、わたしはすぐに関口さんにメールして、通話の録音のファイルを関口さんに送っておいた。

 主人公が使っているのは学生寮の各部屋に備えつけのインターネット電話(現代のとはだいぶん違いますけど)なので、録音をファイルにしてメールで送れるのです。ちなみに、主人公は四年生なので、ひとり部屋を利用しています。

   2092年11月30日   2004年10月18日UP

 関口さんからメールの返事があった。もちろん、きのう送った録音ファイルの件だ。
「もしも前科者なら、声紋でだれか特定できるかもしれない。何かわかったら連絡する」
 そう書いてあるけど、あまりそれは期待できそうにないなあ。電話の録音じゃ、これぐらいしかわからないのかなあ、やっぱり。
 ミステリーもののマンガや小説とかだと、録音に何か手がかりになりそうな音が入っていて……なんて展開になったりするんだけど、べつにそういうのもなかったし……。
「もしもまた電話がかかってきたら、探りを入れようとはしないように。危険だから」とも書いてあった。クギを刺されてしまった。
 で、夜になって、まず一ノ瀬さん、そのあと水谷さんから電話がかかってきた。ふたりのところにも同じような電話があったらしい。
 一ノ瀬さんからの電話は、夕食を食べて部屋に戻ってすぐぐらいのときだった。彼女はもちろん先に関口さんに連絡したと言った。で、関口さんに、わたしのところにも怪電話があったって聞いたんだそうだ。
「わたしも録音したから、少なくとも、そっちの電話と同一人物かどうかはわかるはずだけど」
「そんなこと、わかってもしょうがないんだけど」
 それにしても不思議だ。どうして一ノ瀬さんにも電話がいったんだろう? 岡野くんと一ノ瀬さんはまったく面識がないのに。
 そう言ったら、一ノ瀬さんは苦笑した。
「たぶん、わたしもあなたたちの友人仲間と思われたんじゃない?」
「ごめんなさい。なんか本格的に巻き込んじゃったみたいね」
「気にしないで。わたしはめんどうごとに巻き込まれやすいんだから。あの力のせいで」
 そうだろうな。人の心が読めるんだものね。
 で、一ノ瀬さんとの通話が終わってから、卒論に取りかかったけど、どうもこんなことがあると集中できない。参考書籍を読みはじめても、岡野くんが何をだれに預けたのかとか、この事件のことをつい考えてしまう。
 そうしたら、水谷さんからも電話がかかってきたんだ。
 一ノ瀬さんは落ち着いていたけど、水谷さんは怯えていた。でも、怯えながらも、やっぱり、岡野くんがだれかに預けたか、どこかに隠したらしいものについて、知りたがっているみたいだった。


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