暗い近未来人の日記−安藤さんの話・9

日記形式の近未来小説です。主人公は大学4年。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とはいっさい関係ありません。

トップページ オリジナル小説館 「暗い近未来人の日記」目次 前のページ 次のページ
2005年5月11日UP

  2092年12月4日

 一ノ瀬さんと校門の内側で待ち合わせをした。
 彼女、髪を金茶に染めてポニーテールにし、伊達メガネをかけていて、以前会ったときとがらっと感じが違っていたので、すぐにはわからなかった。
「わたしよ、一ノ瀬よ」と言われ、しばらくまじまじと見つめてしまった。もしも偽者だったら……という疑惑がよぎったのだ。
 だが、よく見ればたしかに一ノ瀬さんだった。おまけに『見張りがいたので変装したのよ』と頭のなかで声が響いたので、もう疑う余地はない。
 たしかに、一ノ瀬さんが見張られていたのなら、別人のように雰囲気を変える必要があるだろう。一ノ瀬さんに尾行がつくぐらいなら、たぶん、わたしも外出するときには見張られているのだろうし……。
 そう思って、ちょっと不安になった。
 一ノ瀬さんがいくら変装したって、ここでわたしと会っているところを見られたんじゃ、今度はこちらの姿でマークされてしまうんじゃないだろうか?
 気になったので、就職課のある管理棟に向かって歩きながら、一ノ瀬さんにたずねた。
「ひょっとして、わたしも見張られてる?」
「ううん。キャンバス内にまでは入りこんでいないみたいね。少なくとも、いまのところは」
 つまり、これから入りこんでくる可能性はあるってことね。
「見張りがいるのとか、テレパシーでわかるの?」
「たぶん、たいていは気づけると思う。相手が肉眼や双眼鏡で見張っていて、こちらが注意していればだけど。少なくとも、校門のちょっと先の喫茶店に見張りがいたのはわかったしね」
「そんなの、いたの?」
「ええ。あなたが出てくれば、あとを尾行しようとしていたみたい」
「じゃあ、待ち合わせ場所、門の内側にしておいてよかったかな」
「そうね。まあ、門の外で待ち合わせをしてたとしても、あの店からここの門を見張るのはちょっと無理じゃないかな。双眼鏡とか、やはり目立ってまずいと思うみたいで、使ってなかったし」
「で、見張りの頭のなかとか読んだんでしょ? 何かわかった?」
「下っぱで、理由とか何も知らされずに見張ってるってことぐらい。あなたを見張ってるやつも、わたしを見張ってるやつもね」
 話しているあいだに、わたしたちは就職課の前まできた。
 いまの時期、就職課に一ノ瀬さんのような頭で入るのはちょっと目立つけど、たまにも髪を染めている人もいないわけじゃないので、べつに不審がられはしない。
 それより心配なのは、あの就職課の人の読心能力だ。あの人のほうが一ノ瀬さんよりテレパスの能力が強かったら、彼女がニセ学生のうえにテレパスだとばれてしまう危険があるんだけど、きのうのうちに話し合ったところ、一ノ瀬さんの考えでは、そういう可能性は低いという。
 彼女は、テレパスとしてはかなり高い能力の持ち主で、おおかたのテレパスはそれほどの力はないんだそうだ。
 で、わたしが就職課の窓口にいき、一ノ瀬さんは数秒遅れて無関係の就職希望者のようなそぶりで入り、カウンターの横の机にいくつも置いてある就職関係の資料に目をパラパラ通しはじめた。
 きょう窓口にいたのは、きのうとは別の人だったが、きのうの人は少し奥の机で仕事をしていた。
 で、資料を渡してくれた女性の職員に、「あの人にきのういろいろ相談に乗っていただいたんで、お礼を言いたいんですけど」といったら、すぐに呼んでくれた。
「この人がお礼を言いたいんですって。もてもてでいいわね」
 女性職員はくすくす笑いながら自分の机に戻り、かわりに、きのうの職員が「ああ、きのうの……」と言いながら窓口にきた。
 おおぜいの生徒を応対しているのだから、覚えていないかもしれないと思っていたが、覚えていてくれたようだ。
 きのうのお礼を言うと、「で、いくのかい、DDドリンクに?」と聞かれた。
「ああ、ええ、連絡待ちのところがだめだったら、行ってみようかなと思っています」
「う……ん、そうだね。連絡待ちのところ、受かってるといいね」
 どうも、きのうと違って歯切れの悪い言い方をする。
「あの? DDドリンクに何か問題点でも?」
「あ、いや、きのう、きみと話したあと、気になりだしただけだ。でも、ぼくが会って話をした人、田村課長さんって人だけど、何も不審な点はなかったから、心配することないよ」
 で、もういちどお礼を言って就職課の部屋を出ると、しばらくして一ノ瀬さんが出てきた。
「ついでにDDドリンクの求人票も確認してきた」と、一ノ瀬さんが言った。
「うちの学校に来てたのとまったく同じだった」
 それから、校舎の一角にある休憩コーナーに行った。
 うちの学校には、学生食堂とは別に、ソファとドリンク類の自販機があるだけの休憩コーナーが何ヶ所かある。そのうち、あまり利用者のいないコーナーに一ノ瀬さんを連れて行ったのだ。
「あの就職課の人、ほんとにテレパスだった」
 買った缶コーヒーのふたを開けながら、一ノ瀬さんが言った。
「あんまり力は強くないけど、この学校に就職するとき、テレパシー能力をウリにして採用されたみたいね。DDドリンクの息がかかっている人じゃないわ。それが心配だったんで、確かめようと思ったんだけど」
 そうだったのか。いや、わたしもそういう可能性はチラッと思わないでもなかったけど、いくらなんでも考えすぎだろうと思ってたんだ。
「あの人は、少し疑問を持ちかけているけど、それほど本気で疑っているわけでもないみたいね」
「疑ってるって、何を?」
「DDドリンクの担当者があなたの名前を持ち出したことをよ。ちょっと含みのある言い方をしていたでしょ?」
 たしかに、「連絡待ちのところ、受かってるといいね」という言い方は、暗にDDドリンクの面接に行かないほうがいいと言っているみたいだった。
「あの人は、念のためにあなたと同姓同名の生徒がいるかどうか調べてみて、いないとわかったので、不審に思ったのよ」
「あ、そうか。ちゃんと調べてくれたんだ、あの人」
 DDドリンクの人は、「面接に来て気に入った」といって、わたしの名前を持ち出したんだものね。で、わたしが知らないって言って、同姓同名の生徒もいなければ、そりゃ、不審に思うでしょうよ。
「あれ? じゃあ、なぜ、それほど本気で疑ってないの?」
「自分が聞いた名前がほんとうに『アマノリサ』だったかどうか、自信がなくなったのよ。会話の途中でちらっと聞いただけの名前だもの」
「なるほどね」
「それに、DDドリンクの担当者と会ったとき、テレパシーのチェックに引っかかってこなかったってのも大きいでしょうね。テレパスは、まあ、人の心を読むことにかけては自信を持ってるもの。田村課長とかいう人の心を読んで、嘘をついている形跡がなかったのなら、ちらっと聞いた名前の記憶のほうがまちがってたんじゃないかという気になるでしょうよ。とはいっても、DDドリンクに対して抱いた疑惑は捨てきれないみたいだけど」
「どういうことなんだろ? あの人はテレパスなのに、その田村課長って人と話をして、何も変に思わなかったってことは……。田村課長って人は事情を知らなくて、ほんとにわたしが面接に行って、DDドリンクの偉いさんのだれかに気に入られたと思ってるってことかな、やっぱり」
「たぶんね」
 一ノ瀬さんがため息をついた。たいしたことがわからなくて、がっかりしているのが感じられた。
「田村課長って人のほうが、あの就職課の人より強力なテレパスなので、だましとおせたという可能性もないわけじゃないけど……。事情を知らないという可能性のほうが高そうね」
 あーあ。結局わかったのは、犯人じゃない人の名前だけか。ま、その田村課長って人が犯人一味のだれかの部下なのはまちがいないんでしょうけど、事情を知らずに求人広告を出すよう命令されただけじゃねえ。
 いや、待てよ。何かが引っかかっている……。
「その田村課長って、どうしてわざわざわたしの名前を出したんだろ?」
「そういえばそうね」
「わたしの耳に入るのを予測して、挑戦を突きつけてきた……ってことは、いくらなんでもないよねえ」
「うーん。どうだろ?」
「わたしのことを探ろうとしたのかな?」
 一ノ瀬さんはしばらく考え込んで口を開いた。
「何の目的であなたの名前を出したのかってのが、あの求人広告を出した目的につながってると思う。あの求人広告の目的、わたしたちをおびき出すためって可能性と、たんにわたしたちのことを探るための口実って可能性があるよね」
「探るためだけなら、やり方が大げさな気がするけど?」
「そんなこともないと思う。だって、あなたの学校は就職課の人がわざわざ面会したりして、用心深いけど、うちの学校なんて、メールか電話で連絡してそれで終わりよ。ふつうはそうよ。求人広告を出すのに手間なんてかからないわよ」
「でも、それなら探れないじゃない? ……あ、そうか、広告を出したあと、面接に来たとかいって情報収集できるか」
「うーん、その田村課長って人、どう命令されたのかなあ。あの就職課の人が田村課長から読み取ったこととかは、あの人が思い出した範囲で読み取れたんだけど……。とにかく上のほうの人が突然言い出したことらしいってのと、田村課長本人は四年制の大卒女子を事務職に採るのはあまり乗り気じゃないけど、上司のやることに反対する気はないってことぐらいしかわからなかったわ」
 それじゃ、これ以上のことを調べようと思ったら、とりあえずあの求人に応じるしかないのかなあ。
 そう思って、一ノ瀬さんに言ったら、彼女は厳しい顔になった。
「面接に行ったらテレパスが待ちかまえているかもしれない。まさかとは思うけど……。あの就職課の人ぐらいのテレパスなら、けっこうたくさんいるし……」
 ちょっとぉ。相手がテレパスだとしたら、こっちが考えていること、読み取られてしまうじゃないのさ。そんなのと太刀打ちできないよ。
「どうしたらいいのか考えてみる」
 一ノ瀬さんはそう言い、わたしも彼女が帰ってからずっと対策を考えているんだけど……。どうすればいいのかわからない。


上へ   次のページへ