聖玉の王ー塔の街・1

同人誌で発表している長編小説のつづきです。
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「着いたわ。もう目隠しをはずしていいわよ」
 オレインに言われて目隠しをはずし、ラーブは目をしばたたかせた。
 ラーブたちは、ホルム王国を去ったのち、行くあてもなく放浪するつもりだったところをオレインに呼びかけられ、魔族たちの町に招かれた。そのとき、「〈塔の街〉に招待する」と言われたので、街があるとばかり思っていたのだが、いま目の前にあるのはそそり立つ断崖絶壁だ。
「どこにあるんだ? 〈塔の街〉って?」
 ラーブの問いにオレインが答える。
「あの山の頂上よ」
 オレインが断崖の上を指差した。ラーブはつられて見上げ、首が痛くなった。街らしきものはどこにも見えない。
「思っていたのと全然違う」
 絶壁に圧倒されながら、ラーブがつぶやいた。
「どんなだと思っていたの?」
「塔がある街だと思ってた」
「平地にそんなものをつくってどうするのよ?」
 あきれたようにオレインが言った。
「わたしたちはずっと人間と戦ってきて、しかも劣勢だったのよ。すぐに見つかるような街をつくったら、滅ぼされてしまうでしょ?」
 言われてみればたしかにそうだ。街に塔などつくったら、遠くからでも目立ち、すぐに見つかってしまうだろう。
「『塔の町』ってのはね、塔のような町って意味よ」
 たしかに、周囲を絶壁に囲まれてそびえる山は塔のように見える。ラーブが今までに見たことのあるどの塔よりも巨大だが。
「レイヴ、あなたなら、ラーブみたいなばかなことを考えてなかったわよね?」
 オレインがレイヴをふり返った。
「行けばわかると思っていたから、べつにどういうものも想像はしていなかったが……。まさかこういうものとはな。こんな山ははじめて見た」
 レイヴにしては珍しく、声に感嘆の響きがある。オレインは得意げに胸をそらせた。
「そうでしょ。ハウカダル島ではこのへんにしかないと思うわ。ここにはこういう山がいくつもあるの」
 オレインに言われて周囲を見回すと、たしかに塔のような形の山がいくつも林立している。
「すごいでしょ? 人間がつくった塔なんて問題にならないわ」
「自分たちのものでもないのにいばるのね」
 リーズの言葉にテイトがうなずいた。ふたりとも、もともと人間が住んでいない地域とはいえ、やはり、ハウカダル島は自分たち人間のもので、魔族たちは魔界からきたよそものではないかという意識があるので、魔族のオレインがハウカダル島の山を自分のもののように自慢するのはおもしろくない。
 それに、リーズには、オレインに対してかすかな反感があった。オレインを嫌っているわけではないのだが、ラーブが彼女の美貌に素直な賞賛の目を向けるのを見ると、対抗意識を感じずにはいられない。オレインがリーズの目から見てもたぐいまれな美少女なのでなおさらだ。自然に、リーズのオレインに対する物言いは、敵対的とまではいわないまでも、少し挑戦的なものとなった。
「わたしたちのものよ。わたしたちが見つけたんだから」
 オレインも挑戦的に答えた。もともと気が強くて、皮肉には皮肉を返すたちだ。リーズがときおり見せる反感がさほど悪意のないものらしいということは感じているので、べつだん彼女を嫌ってはいないのだが。
 少女たちのやりとりに、そばで聞いているラーブは気まずさを感じた。このふたりの少女が火花を散らしている一因が自分にあるとは、ラーブは思ってもいなかったが、もともと争いごとの苦手な性質なので、ふたりには仲良くしてほしいと思っている。
 ふたりのやりとりをサーニアがにこにこしながら見守っているのも、ラーブにはふしぎだ。
(人の争いをおもしろがるような人ではないのに、サーニアさまはどうしてリーズとオレインの言い争いを笑って見ているのだろう? レイヴも、どちらかというとおもしろがっているみたいだし……。おとなの目から見れば、ハラハラするような争いではないってことなんだろうか?)
 そう思いながら、ラーブが口をはさんだ。
「で、どうやって上まで登るんだ?」
 こうたずねたのは、その場の雰囲気をやわらげたかったからだけでなく、素朴な疑問を抱いたからでもある。
「こっちよ」
 オレインが先導しようとするのを、オロファドが呼び止めた。
「登り方をこいつらに見せるのはよくない。もういちど目隠しをすべきだ」
「それは無理よ。目隠しをしたら登れないわ。まさか、魔力で四人まとめて頂上まで送れなんて言うんじゃないでしょうね?」
「そんなむちゃを言うつもりはないが、目隠しをしたまま行けるところまでは目隠ししておくべきだ。ほんとうは今だって取らせるべきじゃなかった」
 オロファドの言葉に、魔族たちの何人かがうなずく。言外に「なぜ目隠しを取らせたのか」という批判を感じて、オレインはふきげんそうに眉をしかめた。
 どうして「目隠しをはずしていい」と言ったのか、オレイン自身にもよくわかっていない。
 冷静に考えてみれば、オロファドの言うとおりなのだ。隠された入り口を通り抜け、ここから先は目隠しをしたままでは無理だという地点まで、目隠しをしたまま連れていくべきだった。
 人間に見つからないように今までずっと巧妙に隠してきた隠れ家なのに。ほんとうは、そもそも〈塔の街〉に連れて行こうと思ったこと自体、どうかしている。
 それなのに、衝動的に、この山をラーブやレイヴに見せたいと思った。自分が最初にこの光景を見たときの驚嘆を共有してもらいたかったし、自慢もしたかった。
 自分たちの秘密を洩らすことになるという考えは、オレインにはまったく思い浮かばなかったのだ。
「もういっぺん目隠しをしようか?」
 ラーブがたずね、オレインが怒ったような表情で顔を赤らめた。
「何か、悪いことを言った?」
「いいえ、べつに」
 オレインは、人間の心を読んだことは何度もあっても、人間に心を読み取られたことはない。そんな自負があるので、自分が考えていることをこのように先取りされるとおもしろくなかった。
 相手がレイヴなら、気持ちをわかってもらえたと思ってオレインも喜んだろうが、レイヴ以外の相手なら癪にさわる。ラーブが心を読んでいるわけではなく、思いやりから気をきかせているのだとはわかっていたが。
「もういっぺん目隠ししてちょうだい」
「うん。これを見せてくれてありがとう」
 ラーブが目隠しをしながら言うと、見せたいと思った気持ちを言いあてられたような気がして、オレインがムッとした顔をした。だが、さいわい、そのときにはすでにラーブは目隠しをしていたので、オレインのその表情には気づかなかった。


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