聖玉の王ー塔の街・2

同人誌で発表している長編小説のつづきの2ページ目です。
同人誌をお読みになっていない方も、話についていけると思います。たぶん。

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 ラーブたちが次に目隠しをはずすのを許されたのは、洞窟のなかだった。
 洞窟のとちゅうになわばしごが下ろされており、それを上ると岩棚に出た。人が数人も立てばいっぱいになってしまいそうな岩棚の岩壁に小さな洞窟が三つほどあいており、ラーブたちはそのうちの一つに入るように促された。
 その洞窟は、腹ばいにならないと入れないほど狭かったが、上り坂の通路を少し進んだところで天井が急に高くなって、立って歩けるようになった。
 そこからは階段となり、ゆるやかに曲線を描きながらえんえんと上に続いている。
 階段の両側の壁には、手すりがわりにか、ラーブの腰より少し高いぐらいのところに鎖が張り渡され、階段のところどころには、まんいち足をすべらせた場合の危険防止のためか、歩幅にして数歩分程度の奥行の踊り場がところどころに設けられていた。
 そういった周囲のようすは、じゅうぶん見てとれた。オレインがラーブたちのために光を出して足元を照らしてくれたし、壁のところどころにもぼんやりした光があったのだ。
 注意して見ると、光を放っているのは苔のようなものだとわかった。
「苔が光ってる?」
 思わずつぶやくと、オレインの声が返ってきた。
「そういう苔よ。この世界の苔とは全然違うから、苔っていっていいかどうかわからないけどね」
「魔界の植物なのか?」
「そうよ。魔界から持ってきたのよ」
「じゃあ、わざと植えてるのか。自然に生えてるんじゃなくて?」
「そうよ。わたしたちだって、ほんのちょっとの光は必要だもの。とくにこんな足元の危なっかしいところでは」
 そう聞いて、ラーブは少しうれしくなった。魔族は闇のなかでも目が見えると思っていたが、そうじゃなかった。人間に比べれば、ほんの少しの光でも見えるというだけだったのだ。以前に出会ったとき、夜の闇のなかを平気で歩いていたのは、かすかな月明かりや星明かりを頼りにしていたのだろう。
 それがわかると、彼らと人間との差が思ったより小さかったという気がしてきて、なんだかほっとしたのである。
 さらに上っていくうち、ラーブは、踊り場ごとに記号のようなものが白く光る塗料で描かれているのに気がついた。
 ラーブの足より少し小さいぐらいの大きさだが、闇のなかで光っているので、けっこう目立つ。
「何なんだ、これ?」
 ラーブがオレインにたずねた。
「どこまで登ったのかを示す印よ。それは魔界のいくつかの国で共通して使われている数字なの」
「どこまで登ったんだ?」
「踊り場は、二十段ごとに設けられていて、ここは九番目の踊り場よ」
「ずいぶん登ったんだね。王宮のいちばん高い塔より高いんじゃないかな?」
「そりゃあそうでしょ? 人間のつくった建物なんて、たかがしれてるわ」
「で、この階段、いつまでつづくんだ」
「踊り場は全部で二十七箇所。最後の踊り場のあと、少し短めの階段を登ったら洞窟の外に出るわ」
「えーっ!」と抗議の声を上げたのはリーズだった。
「まだそんなにあるの?」
 リーズはもともとおてんばな性格だし、二度にわたってラーブたちとともに旅した経験を持つので、おおかたの身分高い姫君たちに比べてずっと健脚だが、それでももう足が棒のように疲れ切っていた。弱音を吐くのがいやで懸命にがまんしてきたのだが、まだ三分の一しか上っていないと知って、上りつづける気力がいっきに失せたのだ。
 彼女だけでなく、ラーブやテイトも、声にこそ出さなかったものの、内心でげっそりしていた。この山の麓まで長い距離を歩いてきたあとに階段を上ってきたので、いいかげん足が疲れていたのだ。
「ずいぶん健脚なんだな」
 レイヴがオレインに向けて感心とも揶揄ともつかない言葉をかけたあと、サーニアのほうを向いた。
「あんたは平気なのか?」
「さすがに疲れたわ。魔族は人間よりかなり足が強いんだけどね」
「ずるい」と、その場にへたりこんだリーズがオレインをにらんだ。
「あなたは魔族だから平気なんじゃないの」
「あなたが弱すぎるんでしょ」
 ふたりの口論に、ラーブが「あのう」と割って入った。
「先は長いんだから、ちょっと休憩しよう」
 返事を待たずに、ラーブはリーズのそばに腰を下ろした。
「べつに急がないだろ?」
「わたしも賛成よ」と、魔族の女戦士が口添えした。
「人間にわたしたちの基準を押しつけてはいけないわ。三人とも人間にしてはよくがんばってると思うもの」
「人間ってのを言い訳にするのはどうかと思うけど。レイヴだって人間じゃないの」
 オレインの言葉に、レイヴは苦笑した。
「おれは傭兵だから、体力があるのはあたりまえだ。まあ、ここらで休憩をとるのが妥当だと思うがな」
「レイヴはすぐにラーブの味方をするんだから」
 オレインは不服そうだったが、しぶしぶながらも休憩をとることに同意した。

 二度の小休止をとって二十六番目の踊り場にさしかかるころ、行く手にかすかな光が感じられた。階段はゆるやかな曲線を描いているので、出口は見えないが、出口に近づいているのはわかる。
「もう少しだよ」
 ラーブがリーズに声をかけると、リーズはあいまいにうなずいた。心配してくれるのはうれしいのだが、一行のなかで自分がいちばん足が弱いというのは悔しくもある。それで、生来の負けん気の強さが手伝って、むっとしたような表情になった。
 リーズの不機嫌さを、ラーブは疲れているからだろうと受け取った。ラーブ自身もかなり疲れてきて、えんえんとつづく階段にうんざりしてきていたのだ。
 やがて二十七番目の踊り場に着いたときには、オレインが魔法の明かりを消してもなんとか周囲が見分けられるていどには明るくなっていた。
 だが、そこからつづく最後の階段の向こうに、やっぱり出口は見えない。その理由は、階段の上まで上ってわかった。
 階段の上はすぐに出口ではなく、少し広い空間になっていた。王宮にあるラーブの部屋より少し狭いぐらいの広さだろうか。
 ただし、ラーブの部屋とは違って、楕円形に近いいびつな形だ。自然にできた洞窟を利用しているのだろうか。
 部屋の床は、部屋に一歩踏み込んだところは階段の最上段と同じ高さだが、そこから三方向に降りられる二段の階段がある。さらに、数歩ほど先に開けた出口までの中ほどにも、部屋を横切るように段差があり、出口側のほうが低くなっている。段差は、階段の一段分よりは高いが、二段分ほどではないといったところか。床自体も、出口方向に向かって微妙に傾斜しているようだ。
「どうせ下るのなら、そのぶんあの階段を少しでも短くすればよかったのに」
 リーズがため息まじりにこぼすと、オレインがフンと鼻を鳴らした。
「ばかね。洞窟の入り口からすぐに下り階段になっていたら、大雨のとき階段に水が流れこんで危険でしょ? だから、わざわざ最上段を入り口より高くしてあるの。それぐらいわからないの?」
 リーズが屈辱に顔を赤くし、ラーブが口をはさんだ。
「わたしもわからなかったよ。いま、言われてみて気がついた」
「ふーん。あなたもあんまり頭がよくないのね。それで王さまなんてよくやれたわね」
「王の仕事はまだやってない。即位式もせずに国を出てきてしまったしね。それに、これ、王の仕事と関係ないと思うけど」
「まったく関係なくもないわ」と、サーニアが言った。
「地下室の水害防止とか、まあ、こういう知識が役に立つことは出てくるでしょうよ。こういうことに気づく思考能力もね」
 ラーブは顔を引き締めてうなずいた。オレインとは軽口を叩いていたが、サーニアのことはいまでも師と仰いでいるので、真剣に受けとめたのだ。
「そうですね、サーニアさま。たしかにそのとおりです」
 サーニアは顔をほころばせた。
「王が最初から何もかも知っていなければならないわけではないわ。王のまわりには、さまざまな知識や経験をもつ側近たちがいるものだし。それに、ラーブ、あなたはまだいろんなことを学んでいるとちゅうなのだし。オレインがこういうことを知っているのも、たぶん、自分で気づいたんじゃなくて、だれかに教えられたんでしょうしね」
 図星だったので、オレインはおもしろくなさそうに眉をしかめた。
「悪かったわね。自分で気づいたんじゃなくて」
 オレインはつかのま言い返したそうな表情をしたが、これ以上ここでよけいな時間を費やす気もなく、洞窟の出口に目を向けた。
「ここから先は、いっぺんに全員は無理。三人だけきてちょうだい」
 そう言われて、ラーブとリーズとテイトが彼女につづいて外に出た。


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