暗い近未来人の日記−新入社員・その3 |
日記形式の近未来小説です。主人公は社会人一年生。
あくまでフィクションですから誤解のないように。
なお、ここに書かれた内容は、実在の政府や団体や個人とはいっさい関係ありません。
2010年9月20日UP |
2093年5月9日
今日のランチは「どんぶり屋」に行った。
この店は、どんぶりご飯とトッピングの組み合わせで注文するシステムで、組み合わせによってはかなり安く食べることができる。
たとえば、三百円の並盛りご飯に百円の目玉焼きを乗せ、サービスのタレをたっぷりつけて四百円とか、百円のおかかを乗せて四百円なんて食事をしている人もいる。
消費税が四十パーセントだから、本体価格は三百円以下だ。
わたしは、あまり頻繁にそういうのはいやだな。節約したいとき、たまにならいいけど。
そう言ったら、ぜいたく者のような言われ方をした。
そうかな? ランチにちゃんと栄養を考えたいって、ぜいたくかなあ。でも、そう言った人たちって、おしゃれにお金をかけてたりするんだけど。
わたしは、衣服代や化粧品代は節約しても、食事はちゃんと摂りたいけどな。
まあ、食費を節約しておしゃれにお金をかける人たちの意見は、「身だしなみにかけるお金は、仕事や婚活を有利にするための元手」なんだそうだ。
それはそれで一つの考え方かも。マネする気はないけど。
それはともかくとして、どんぶり屋にいくときには、だいたい五百円から八百円の範囲で食べている。トッピングに野菜類を何も乗せないときには、なるべく百円の浅漬けかミニサラダをセットするようにしている。
ほかの安上がり店でも、だいたいそれぐらいの予算だな。
会社の近くには、このどんぶり屋をはじめ、安上がりメニューのある店がいくつもある。というより、世間一般で、そういう店の割合が増えているらしい。
それだけ、家計に余裕のない人が増えているってことなのだろう。
2093年5月10日
いま、なんだか疲れている。いちばんの原因は榊さんだ。
彼女は要領がいい。わたしにものすごい勢いでまくし立ててたとき、ちょっと言い返すと、さっと部長のところにいき、「天野さんがいじめるんですう」なんて言いつけていたりする。
そういったことはしょっちゅうだけど、だれも本気にしないと思ってた。だって、彼女がわたしに向かって居丈高な物言いをしているところを聞いた人は何人もいるはずだし。榊さんは、管理職などがそばにいるときといないときとで態度ががらっと変わるけど、いつも社内にいる人は、彼女の両面を見ているはず。まともな知性があれば、彼女の態度がずいぶんだと感じるだろう。
そう思ってたんだけど、そうでもなさそうなんだ。
いくらなんでも、榊さんが吹き込むわたしの悪口をみんなが真に受けてるってことはないと思う。
でも、けっこう榊さんに同調する人がいるんだな。
たとえば、このあいだ、わたしが忙しくて榊さんが暇ってとき、すごい音量のキンキン声で、「天野さんって、いつもカリカリしてるのよう。わたし、いつもいじめられてるのお」などと周囲にふれまわったあげく、「そうよねえ、天野さん」と、わたしにからんできた。
無視して仕事を続けていると、芝居がかったおどけた口調で、「無視? 無視されちゃった! ねえ、天野さんって、意地悪でしょう?」と、まわりの人たちに言う。
「意地悪なのはそっちでしょ? いま、忙しいってわからないの?」
たまりかねて言い返すと、榊さんは、まわりにいる何人かにわざとらしい目配せを送った。
「意地悪って言われちゃった。ねえ、わたし、意地悪? 意地悪?」
榊さんの言葉に、森田さんがすかさず同調する。
「そんなことないって。気にすることないよ。わたしはまりかちゃんのこと、よくわかってるから」
「うん、うん、ありがとう」
なんだかへたな芝居のセリフを聞いているみたいだった。この人たちの頭の中って、どうなってるんだろう?
でも、まあ、森田さんだけなら気にしない。森田さんは榊さんの高校時代の同級生で、グループ付き合いがあったらしくて、そのためか榊さんになんでも同調する。友だちと子分の中間みたいな感じ。榊さんのいないところで話すときには、とくにわたしに悪意があるようには見えなくて、ふつうの態度なんだけどね。
まあ、森田さんはそういう人だから、榊さんが理不尽なことを言っているときに彼女の味方をしたって、いまさら驚かない。腹は立つけど。
ショックだったのは、関さんや遠野さんの態度だ。
榊さんは、目上の人や男性にはやさしくて甘え上手だから、関さんや遠野さんに対しては、わたしに対するのとは別人のような態度をとっている。
それでも、日ごろの榊さんの言動を見ていれば、彼女がわたしにどんなひどい態度をとっているかわかるはず。
たとえば、このあいだ、遠野さんと軽口を交わしていたとき、いきなり榊さんが口をはさんできた。
「天野さんには話しかけないほうがいいわよう。天野さんって、すっごーくきつい言い方するんだからぁ」
無視して会話を続けようとしたら、なおも言い募る榊さんの大声にかき消されてしまった。
そんなことがあったら、ふつう、榊さんが変な人だと思うよね。
そのうえ榊さんが今日みたいな言い方をしているのを聞いたら、なおさらそう思うよね。
それなのに、その遠野さんがだれにともなくこう言ったのだ。
「あー、天野さんは機嫌が悪いようだね」
しかも、関さんがそれに同調して言ったんだ。
「まあ、女の人にはそういう日もあるみたいだから」
何、それ?
なんだか変だよ、ふたりとも。
腹が立つより、不気味でゾッとしちゃった。
この作品が気に入られた方は、下記から、小説検索サイトNEWVELに投票してやってくださいませ。