魔族狩りの日・その7

異世界ファンタジー小説の7ページ目です。
「聖玉の王」の外伝にあたりますが、物語としては独立しています。

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 レイヴは、 シグトウーナの城門近くの林に身をひそめて、戦いの状況がわかるまで待つことにした。
 討伐隊が全滅して帰ってこなければいいと、切実に願っていたが、陽が沈んであたりが闇に包まれるころ、討伐隊は戻ってきた。
 人数は百人よりはかなり少ないように見えたが、ほんとうに人数が減ったのかどうかはわからない。戦いに勝利して凱旋してきたのか、敗れて撤退してきたのか、たんに日暮れなので引き上げてきただけなのか、兵たちのようすからは判然としない。
 ただ、兵士たちが掲げた槍先に、生首らしきものがいくつか突き刺さっているのを見て、レイヴはぎくりとした。
 ざっと見たところ数人のようだが、魔族たちに犠牲者が出たようだ。
 レイヴは、だれの首か見きわめようと目をこらしたが、兵士たちの持つ松明の明かりと星明かりだけでは、首らしきシルエットがわかるだけで、容貌までは見てとれない。ただ、せめてその中にごく親しかった者たちがいないことを祈るばかりだった。
 兵士たちが城門の中に姿を消し、門が閉ざされると、レイヴは、街道を北に向かおうとした。
 だが、明かりもなく暗闇の中を進むのは難しく、何度も道からはずれて林の中に突っこんだり、転んだりしたあげく、レイヴはついにあきらめ、林の草むらにもぐりこんで夜を明かすことにした。

 翌朝、夜が白むと同時に、レイヴは、街道に残された討伐隊のものらしい足跡をたどりながら北に向かい、足跡が林に分け入っているところで自分も林に入った。
 ところどころに、人間の兵士たちの遺体が転がっていて、サーニアが言ったとおり、魔族たちが善戦したのがわかる。
「サーニア! ガンザ! クベ! だれかいないのか?」
 叫びながら林を進んでいくと、目の前に数人の人影が姿を現わした。ムガシャ老人とゴルとカザク、そのほか、なんとなく見覚えのある魔族の年寄りや女たちだった。
「ムガシャじいさん! 無事だったんだな」
 ほっとして声をかけたレイヴは、初めて見るムガシャの厳しい表情と、手にした斧にぎょっとなった。
「じいさん、ほかのみんなは?」
「ガンザならあそこにおる」
 ムガシャの指さすほうを見ると、木々の隙間から、少し離れた大木の枝に、何かが三つぶらさがっているのが見えた。
 それが、首をはねられた遺体だとわかって、レイヴは蒼白になった。
「ガンザはあんたを信用して、かばってた」
 魔族の女のひとりが、怒りのこもった目でレイヴを睨みつけた。
「だから、声を出せなくするのも、カズス草かなんかにしたんだろ。そんな効き目の薄い薬にしちゃいけなかったんだ。人間なんか信用した結果が、あのざまだ」
「何の話をしてるんだ?」
「とぼけるな!」と、ゴルがどなった。
「兵士たちといっしょにおまえがいるのを見た。おまえは兵士たちを案内してきて、 ひとりだけ帰った」
「違う! おれは討伐隊が出たことを知らせにきたんだ」
 そこにいるのがゴルとカザクだけなら、レイヴは誤解を解こうなどとは考えなかっただろう。彼は、このふたりにはまったく好意をもっていなかったし、自分が好意をもっていない者になんと思われようが、意に介さない性質だった。
 だが ここには、ほんの数日前には実の孫に対するように温かく接してくれたムガシャ老人がおり、そのほかにも、警戒しながらも親切にしてくれた者たちがいる。彼らに誤解されるのはいやだった。
「ほんとうだ」
 レイヴは、 ムガシャに向かって弁明した。
「サーニアとガンザが知っている」
「死者を利用するな。もはや語れぬと思いよって」
「死者……」
 レイヴは愕然とし、初めて気がついた。
 サーニアがムガシャたちに何も話していないのは、考えてみればおかしい。ムガシャたちがレイヴを誤解しているのなら、サーニアが何か言ってくれているはずだ。
 実際のところ、サーニアは、力を使い果たしたあと眠りつづけていたのだが、そんなことはレイヴには知るよしもない。
「死んでしまったのか? サーニアまで?」
 レイヴの表情に、ムガシャは胸を衝かれた。なにか誤解をしているのではないかという思いがふと頭をかすめたが、かわいい孫のうちふたりまでも亡くし、しかも残る孫ふたりの命も風前の灯とあって、日頃の思慮深さも消し飛んでいた。そしてなによりも、ムガシャは、やり場のない悲しみをぶつける相手を欲していたのだった。
「おまえには関係ない。わしらの信頼を裏切ったくせに、悲しそうになどするな」
「そうだ」と、横からゴルが口をはさんだ。
「ターナもおまえが殺したくせに」
「ターナが? ターナが死んだのか?」 「隠れていたはずの場所にいなくて、林のなかで死んでいた。首をはねられて胴体だけになってな。おまえが裏切ったと信じられずに、おまえのあとを追いかけて行ったんだ。おまえが殺したに決まってる」
「もう、よさないか」と、 ムガシャが叫んだ。
「レイヴ、おまえは人間だ。わしらより人間を選んだのだ。なら、もう、どっかへ行っちまってくれ」
 レイヴの表情を見て、この少年を責め立てることへの罪悪感と、それでも責め立てずにはいられないやりきれない衝動との板ばさみになったまま、ムガシャがわめき、レイヴがそれを遮った。
「クぺは?」
 レイヴに言われて初めて、ムガシャは、ずっとクぺが見あたらないことに気がついた。
「そういえば……。どこへ行ったんじゃろう?」
「ターナの仇を討つとか、わめいていたけど……。あいつ、まさか……」
 ゴルの言葉に、ムガシャもレイヴも、他の魔族たちも青くなった。
「こいつだ! クペもこいつに殺されたんだ」
 カザクがわめいたが、 ムガシャたちが考えたのは別の可能性だった。
「シグトゥーナに行ったのか? ああ、わしはまた孫をひとり失うのか」
「おれが探してくる」と、レイヴが叫んだ。
「あんたらは逃げる用意をしていてくれ。討伐隊はきっとまた来る。あんたらが全滅したと思ってないかぎりはな」
「おまえが連れて来るんだろうが。このやろう!」
 ゴルが剣を抜いてレイヴに斬りかかったが、レイヴは難なくそれをかわすと、南に向かって駆け出した。ゴルとカザクは、レイヴを追おうとしかけたが、南に行くのは恐かったのと、おとなたちに止められたのとで、それ以上の追跡はしなかった。

   レイヴは、林の中を南に向かった。街道をやってくるとちゅうでクペに出会わなかったので、クペは林の中を南に向かったのだと見当がついた。
 もしもクペがシグトゥーナの城門のところまで行ったとしても、見つからないように市内に忍びこめるはずはない。城門のそばの林の中でうろうろしているか、引き返してくるかだ。
 あるいは、ひょっとすると、城門まで行く前に、ムガシャたちが心配しているだろうということに思い至って、引き返してくるかもしれない。
 そう判断して南に向かってまもなく、レイヴは、草の上に点々とつづく血の痕を見つけた。魔族と討伐隊との戦いがあった場所から離れすぎているように思い、レイヴはどきりとした。
 血の痕は、林を斜めに横切り、一方は北に向かいながら街道寄りの方角へ、もう一方は南へとつづいている。
 レイヴは南へとつづく血痕をたどり、そこに血だまりを見つけた。
(もしや、ここでターナが……)
 レイヴの疑問に答えるかのように、声がかかった。
「そこでターナが殺されたんだ」
 顔を上げると、クペが近づいてくるところだった。レイヴの予想通り、クペは、シグトゥーナまでの距離を半分ほど行ったところで、不安になったのと、あるていどの冷静さを取り戻したのとで、林を引き返してきたのである。
 その足は、自然に、妹同然だった少女の死せる場所へと向かい、そこでレイヴの姿を見つけたのだった。
 レイヴの姿を目にしたとたん、クペの頭に再び血が昇った。無念の最期を遂げたターナの恨みが自分とレイヴをめぐり会わせたように思えて、恨みを晴らしてやらなければならないという気持ちが改めて沸き上がったのである。
「どうして裏切ったんだ? 信じていたのに」
「違う。誤解だ。聞いてくれ」
 レイヴの言葉には耳を貸さず、クペは剣を抜いた。子供の身長に合わせて造られたものながら、レイヴが持っているような短剣ではなく、本物の戦いのための剣である。
「おまえをターナのところに送ってやる。少しでもターナの魂の慰めとなるように」
 クペは剣をふり上げ、ふり下ろした。
 剣をふり上げたときには怒りと憎悪に満ちていたが、いざふり下ろそうとしたとき、目の前にあるのは、いちどは親友と思っていた者の顔。絶望に満ちたその表情と、ふり下ろされる剣をよけようともせずに立ち尽くすその無防備さに、クペは躊躇した。
 中途半端にふりおろされた剣の先が、レイヴの胸をかすめ、血がしたたり落ちる。 「ターナを助けられなかったのは事実だ。あとをついてきていたなんて、思いもよらなかった。だから、ターナのところに行けというなら、行ってもいいけど、おまえに誤解されたままなのはいやだ。おれは裏切ってなどいない。信じてくれ」
 傷が痛くないはずはないのに、意に介してもいないようすでレイヴが訴え、クペのほうが、傷口からしたたる鮮血にたじろいだ。
 いやおうなく、最初にレイヴと会ったときのことを思い出す。あのときも、レイヴは、ひどく無防備なようすを見せていた。
 サーニアを死なせたと思いこんで、ひどくうちひしがれ、責任を感じていたのだと、あとでわかった。それほどサーニアの行動に心を動かされ、自分もまた同じかそれ以上の誠意と愛情で応えようとしていたのだとも。
 そのレイヴが、自分たちを裏切ったりするだろうか? サーニアを裏切ったりするだろうか?
 自分の思い違いではないのかと、クペは自信がなくなった。が、同時に、クペは、きのうレイヴを見かけたときのことも、まざまざと思い出していた。
 レイヴは、たしかに、討伐隊の兵士たちと何か話したのちに帰っていった。もしも彼が裏切っていないというなら、自分が見たものは何だったのか?
 クペは混乱し、レイヴの傷がその混乱に拍車をかけた。
 と、そのとき、街道のほうで、枯れ枝を踏みしめる足音が聞こえた。
 ぎょっとなって、レイヴとクペがふり返った。明らかに討伐隊とわかる兵士たちだ。
 先頭の兵士がふたりを見て叫んだ。
「魔族だ! 人間の子供が魔族に襲われているぞ!」
「逃げろ」と、レイヴがクペに言った。
 悲しみと絶望のために頼りなげにさえ見えていたレイヴの表情がみるみる引き締まり、強敵に向かう戦士のそれになる。
「おまえだけはおれが助ける。それが、おれが裏切ってなどいない証だ」
 それだけ言うと、レイヴは、クペが止めるまもなく、短剣を抜いて先頭の兵士に斬りかかった。
 勇敢というよりは自暴自棄といったほうがいいその行動に、クペは、自分がどれほど深くレイヴの心を傷つけたのか理解した。レイヴがどれほど自分たちをだいじに思ってくれていたかということも。
 レイヴに斬りかかられた兵士は、剣でレイヴの短剣を受け止めた。
「ばかが。このガキ。狂ったか」
 兵士が怒りにまかせてふり下ろした剣を、レイヴは間一髪でかわした。出血のためか、いつもより体が重い感じがする。
「やめろ!」
 すぐ後ろからきていた別の兵士が、同僚を制止した。
「まだ子供だ! ケガをして怯えてるんだ!」
 その兵士に向かって短剣をふり下ろそうとしていたレイヴは、びくりとして手を止めた。兵士の言葉が、サーニアと最初に出会ったときのことを思い出させたからだ。
 レイヴのあとにつづきかけていたクペは、それを見て、きびすを返して北に逃げようとした。
 レイヴを見捨てたくないという気持ちも、疑って悪かったとひとこと伝えたいという心残りもあったが、自分の安全のためだけなく、レイヴの身の安全のためにも、ここは逃げるべきだと考えたのだ。
 あの兵士は、きっとレイヴを助けてくれる。傷の手当てもしてくれる。 レイヴが魔族と関わりがあると、ばれさえしなければ。
 そう思ったのだが、クペは逃げ切ることができなかった。さらに別の兵士がレイヴの背後をまわってクペに追いつき、剣をふり下ろしたからである。
 クペはどさりと地面に倒れ、その音で、レイヴが背後をふり返った。
「クペ!」
 レイヴの叫びを聞きながら、クペは、サーニアのように遠話が使えたらいいのにと、最期の瞬間に考えた。
 疑って悪かったと、クペはレイヴに伝えたかった。やけを起こさず、この場を生きのびることを考えろと伝えたかった。
 だが、クペには遠話の能力はなく、レイヴをひどく傷つけたことを、悔やんでも悔やみきれないほど後悔しながら、目を見開いたままこときれた。
 レイヴは、わけのわからないわめき声を上げながら、クペを殺した兵士に斬りかかった。
 手柄を立てたしるしにクペの首をはねようとしていた兵士は、驚いてそれを避けた。
「何をしやがる! 気が狂ったか?」
 兵士は剣をふり上げ、先にレイヴをかばおうとした兵士がそれを制止した。
「子供を殺すな!  魔族に殺されかけて動転しているだけだ!」
 レイヴはまたびくりとした。
 クペを殺した一味なのに、この男はどうしてサーニアと同じような言葉を口にするのか? サーニアと同じような言葉を口にできるのに、どうして罪もないクペを殺したのか? どうして平和に暮らしていた魔族の村を襲ったのか?
「われわれはきみを助けたんだ。来なさい。傷の手当てをしてあげよう」
「寄るな!」
 レイヴは、短剣をかまえたまま、相手をにらみつけた。
「おまえたちに助けてなどいらない」
 兵士の困ったような悲しげな表情に、レイヴは当惑し、きびすを返して逃げ出した。
 だが、しばらく走ったところで、失血のためにカが抜け、レイヴはそのまま気を失ったのだった。


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