同人誌で発表している長編小説のつづき6ページ目です。
はじめての方は1ページ目からお読みください。
同人誌をお読みになっていない方も、話についていけると思います。たぶん。
リーベたちの一家に熱いお茶と焼き菓子のもてなしを受けたあと、ラーブたちはオレインの先導で石の階段を上りはじめた。
階段の材質や勾配は麓から延々とつづいていた長い階段と似ているが、今度は一階分上った所に通路がある。
だが、オレインは、その通路ではなく、さらに上に伸びている階段を上りはじめた。
「まだ先なの? いったい《塔の街》って、いつ着くのよ?」
リーズが不満げにいうと、オレインが振り向いた。
「あら、ここがもう《塔の街》よ。グレイネルやリーベがいたのは《塔の街》の最下層なの。温泉だけの階や通路だけの階などを数に入れなければの話だけどね。市長室と評議会室はここからさらに三階上。外部から来た者はまずそこに連れていくことになってるの」
「最上階は何階なんだ?」と、ラーブが訊ねた。
「いちおう地上二階よ」
「いちおうって?」
「街全体が地上二階まであるわけじゃない。地上部分は小さな建物なの。とはいっても、エイリーク卿の館より広いとは思うけどね」
「つまり、王宮の物見の塔みたいに、とくに高層になっている部分が地上に突き出しているってこと?」
「そうよ」
「で、その突き出している部分が兄上の館より広い?」
「そうよ」
「で、地下は何階なんだ?」
「グレイネルたちがいた最下層は地下十二階よ」
オレインが得意そうに胸を反らせ、ラーブは素直に「すごい」と感心した。
地下十二階もある建物も、地上と地下と合わせて十四階に及ぶ建物も、ラーブは聞いたことがない。しかも、その最下層から山の麓まで、階段や昇降用の設備が延々と続いているのだ。
リーズとテイトでさえ、驚きに目を見張っている。
オレインは満足げに、横目でレイヴに視線を走らせた。レイヴが驚嘆しているところを見たいと思ったのだが、残念ながら、レイヴはいつものように無表情で、驚いているのかどうか、よくわからなかった。やがて到着した市長室は、こぢんまりした簡素な部屋だった。
ラーブがよく知っているホルム王国の王の執務室よりひと回り小さい。
廊下の突き当たりにある扉を開けた正面に机があり、オレインが扉を叩いてから開けると、机に向かって仕事をしていた男が顔を上げて立ち上がった。
人間なら四十代ぐらいだろうか。学者のように穏やかで知的な印象ながら、視線は鋭い。
「市長」と、オレインが呼びかけた。
「ただいま戻りました」
「ご苦労さま。よく戻った」
オレインたちにねぎらいの言葉をかけてから、市長はラーブをまっすぐに見た。
「よく来られた。歓迎しますよ。ホルム王国の国王陛下どの」
「ラーブとお呼びください。お招きいただいてありがとうございます」
「いえいえ。お話ししたいことはたくさんありますが、長旅でお疲れでしょうから、とりあえずお部屋でおくつろぎください。あいにくこの町には国賓用の部屋などはなくて、一般市民と同じ小さな部屋になりますが」
「充分です。迎えていただけるだけでもありがたいです」
「では、オレイン、この階の八七〇一号室から八七〇三号室と八七一一号室から八七一三号室までをお客人たちのために割り当てたから、案内して差し上げてくれるかね。きみの部屋にもムガシャ老の部屋にも近いから、なにかと便利だろう。この町で暮らすのに必要な事柄も教えて差し上げておくれ」
オレインは不本意そうな表情をしたが、いやとは言わなかった。ラーブたちが提供された住居は、行き止まりとなった通路をはさんで左右に三部屋ずつ並んでいた。
六つの部屋はどれも同じぐらいの広さで、王宮にあったラーブやリーズの部屋の半分以下。家具は、干し草を詰めて毛布をかぶせた寝台、小さなテーブルと二脚の椅子、衣服や持ち物を入れておく物入れ。それでほとんどいっぱいだ。
壁や天井は掘ったままの荒削りの岩肌だが、床は平らな石畳になっている。
「王子さまだからといって特別扱いはしないわよ」と、オレインが言った。
「これでも、人間の町に住む一般庶民の住まいよりはずっと上等でしょ?」
そう言われても、ラーブには即答できなかった。庶民が利用する宿屋は知っていても、庶民の住居には、占い師をしていたサーニアの庵にしか入ったことがなかったからだ。
サーニアの庵はもっと広かったが、土地に制限のない野原に建っていたし、仕事にも用いていたから、比較しても意味はない。
それでも、ラーブたちが旅の途中で何度か泊まった宿屋の部屋と比較することはできる。
かつて父王を探す旅をしたときも、今回、国を出てからオレインたちと合流するまでの旅でも、物騒な最低ランクの宿は避け、安全性を重視して中ぐらいのランクの宿を利用したのだが、それでもふたり部屋でこれより狭い宿屋は珍しくなかった。
まして、地上に建てられたふつうの建物ではなく、山頂の地下を穿つという困難な条件で造られた住まいだという点を考えれば、じゅうぶん上等の住まいといえる。
「この部屋で不服なんて全然ないよ。個室をもらえるとは思ってなかったし」
「それはよかった。家具は適当に選んだわ。好みによっては、寝台や椅子を置かず、床に毛皮を敷いた上で寝たり座ったりする人もいるけど、あなたたちは寝台や椅子を使う文化で暮らしてきたのだから、このほうがいいでしょ?」
「ありがとう」
「家具や毛布や毛皮がもっと必要なら、自分で買うといいわ。タペストリーとかも欲しければね。あとで場所を教えるから」
「そういう買いものとか、この部屋の家賃とか、どういうお金で払ったらいいのかな? ホルム王国のお金とニザロース王国のお金しかないけど、ここの通貨と両替できる?」
ハウカダル島の十二の王国にはそれぞれの通貨があるが、「大きい金貨」「小さい金貨」「大きい銀貨」「小さい銀貨」「大きい銅貨」「小さい銅貨」の六種類から成っていて価値も同じという共通性があるため、各国の首都や商業都市ではどの国の通貨も通用するが、農村部ではたいてい自国の通貨しか使えない。ラーブは、ホルム王国の通貨と、十二の王国のなかで最北のニザロース王国の通貨を所持していたが、それがこの魔族の都市で通用するかどうか、見当がつかなかった。
「お金は、人間が使っているのがそのまま使えるわ。買い物はそれですればいい。住居については、宿代や家賃という名目のお金はいらない。ここでは、凍えずにすむための部屋はだれにでも与えられるの」
オレインが誇らしげに胸を張った。
「この街では、凍え死にする者も飢え死にする者もない。でも、だからといって働かなくてもいいというわけじゃないわよ。あたりまえだけど」
「うん。もちろんそのつもりだ」
「言っておくけど、お金を持っていてもそれは同じよ。人間の世界では、お金と権力を持っている人は働かなくても遊んで暮らせるけど、この街では違う。お金は物と物を交換したり、物を流通させるための道具に過ぎない。あなたがどんなにたくさんお金を持っていても、働かずにそのお金をどんどん放出したら迷惑なの。わかる?」
「うん。よくわかるとも。で、わたしたちはどんな仕事をすればいいんだい?」
「それは明日でいいわ。市長とか、そのほか何人かに相談しなければいけないから。今日は、毎日の生活に必要になりそうな店や施設を案内するわ」