同人誌で発表している長編小説のつづき9ページ目です。
はじめての方は1ページ目からお読みください。
同人誌をお読みになっていない方も、話についていけると思います。たぶん。
運ばれてきた料理は、寒冷な地方や山間部の宿で食べた料理と多少は似ているが、やはりかなり違う。人間の社会の宿で食べたユキイモの粥は、ミウ麦が入っていたり、雑穀やふすまが入っているのがふつうだった。主材料はミウ麦とふすまで、具のひとつとしてユキイモが入っている場合もあった。
具は野菜や豆と豚などの脂身がほとんどで、肉は脂身の間に筋のようにわずかにはさまっているだけというのがふつうだ。
だが、目の前に出されたお粥は、穀物の代わりだからか、ユキイモを小さく切り刻み、ミルク入りのスープで煮込んでいる。具は、おもに細かく刻んだ塩漬肉とチーズで、どちらもたっぷり入っている。塩漬肉は脂身ばかりではなく、少なくとも半分以上は赤身の肉だ。
その点では、人間社会の庶民向けの店より豪華といえたが、野菜はよく知らない緑の葉の切れ端が少しと見たことのない白い茸だけだ。
ラーブは、未知の茸に対して本能的な警戒心が働き、つかのまためらった。
だが、こうして食堂で食材に使われているのだから、毒茸ではないだろう。
そう思って食べようとしたとき、サーニアがいつになく険しい口調で言った。
「待って。これはユキイモの葉ね?」
ラーブは口まで運びかけたスプーンをもつ手を止めた。
ユキイモは、芋は食用となるが、葉や茎には、弱いながらも毒がある。食べた量や体質によっては腹痛や下痢を起こし、ときには発熱することもある。命にかかわるほどの毒ではないが、わざわざ食べる者はまずいない。
「ユキイモの葉よ」と、オレインが答えた。
「その茸にユキイモの葉の毒を中和する作用があるのよ。だから、ユキイモの葉を使うときには、その茸もいっしょに入れるの」
「この茸、苦手」と、リーズが言った。
「ぬるっとして、気持ち悪い」
ラーブも、その茸を食べてみて、少し食感が苦手だと思った。
とはいえ、食べられないわけではないし、量が少ないから、少しぐらい苦手でも平気だ。
それに、野菜が不足していると聞いていたから、ユキイモの葉でも食用にする必要があり、そのためにはこの茸も食べなければならないのだと思った。
「ユキイモの葉の毒を消す茸があるなんて知らなかったわ」と、サーニアが言った。
「酢でユキイモの毒をあるていど消せるのは知ってたけど」
「え?」
オレインがサーニアのほうを見た。相手を見下すような皮肉っぽい表情が影をひそめ、真剣な顔になっている。
「それ、ほんと? 酢でユキイモの毒が消えるの?」
「ええ。人間に隠れて暮らしていたとき、目立たないように手に入る食材が限られていたから、ときどき、少量だけ酢漬けにして食べていたわ」
「叔父はそれを知らないかもしれない。あとでその話をしてくれる?」
「いいわ」
「そのときいっしょにいてもいいかな?」
ラーブが口をはさんだ。毒性のあるものをなんとか無毒にして食べようとする努力に心を動かされると同時に、興味を覚えたのだ。
野菜不足の苦労は、茹でたユキイモにもうかがえた。ユキイモに塗るバターが二種類あり、ひとつはふつうのバターだが、もうひとつは緑色のくせのあるバターだったのだ。
「その緑色のは苔よ」と、オレインが説明した。
「わたしだけなら全部苔入りにするのだけど、今日はふつうのと半々にしておいたわ」
「苔?」
リーズが顔をしかめた。
「わたしはふつうのバターがいいわ」
リーズは、食事に関して、わがままなほうではない。王族という身分を考えれば、むしろ粗食でも平気なほうだろう。なにしろ、身分を隠しての旅を、ラーブたちとともに何度も経験しているから、庶民向けの食事にも慣れている。
それでも、くせの強い食べ物や気持ち悪いと感じてしまう食べ物は苦手だった。
たとえば、上流階級の人間ならまず食べないムグも、スープに入っている塩漬肉や細切れ肉は食べられるようになったが、選ぶ余地があれば避けるし、鼠に似たムグの姿がはっきりわかる丸焼きなどは食べられない。
ラーブも、どちらかというと、ムグの丸焼きなどは苦手だし、いま食べているスープの茸は少し食感が苦手だった。苔入りバターに至っては、匂いがかなり苦手だと感じた。だが、食べられないほどではないし、香草などには、幼い頃には食べられなかったが、いつのまにかおいしいと感じるようになったものもいくつかある。
苦手の度合いがリーズほどではないこともあって、ラーブは、この街でよく食べられている食材は、できるだけ敬遠しないようにしようと心を決めた。
かといって、リーズを非難する気はないが、リーズが必要な栄養を摂れなくなっては困る。
そう思って、オレインに尋ねてみた。
「この街には、この苔が苦手な人とか、この茸が苦手な人とかはいないのかい?」
「いるわよ。とくに苔はね。だから、バターも、苔入りとふつうのバターがあって、好きなほうを選べるようになっているの。今日は、あなたたちが食べられるかどうかわからなかったから、半分ずつにしたけど」
「慣れたら、匂いとかも気にならなくなるかと思うけど。栄養があるんだろう?」
「あるわよ。だから食材にしているんだもの。ユキイモは、あるていどは穀物の代わりにも野菜の代わりにもなるけど、やっぱりユキイモだけじゃ不足だわ。とくに野菜の代わりはね」
「食べられない人はどうしてるんだい?」
「たくさんある飲食店から、野草や人間のところから仕入れた根菜なんかを使っているメニューを探して、適当に食べているみたいよ。ただ、あまりにもそういうことばかりするのは関心しないわね」
ラーブはうなずいた。
もうひとつ聞きたいことがあったが、聞いていいものかどうかためらっていると、レイウがそれを口に出した。
「それで、量が少ないのは、食糧に乏しいからか」
「少食の人に合わせているからよ」
オレインが得意げな口調で即答した。
「食糧をむだにしないよう、基本は少食の人に合わせているけど、一回はおかわりできるわ。市営食堂だからと、ひもじい思いはしない。おかわりは食べきるぶんだけってのが鉄則だけどね」
「どうやらこの街では」と、サーニアが口を開いた。
「外部からの食糧確保がかなり重要なのでは?」
「そうよ。この街で食糧を生産するのと同じくらいか、それ以上に重要よ。量と味覚と栄養からいって、塔の街だけで自給は難しいから。でも、外に食糧を探しにいくのは危険を伴うから、危険度の高い食材ほど稀少で、高価になってしまうの」
「なら、それに関した仕事がありそうだな」と、レイフが口を開いた。
「危険なら、腕の立つやつが必要だろう」
「もちろん。レイヴ、あなたにできる仕事はたくさんあると思う」
オレインが、まるで自慢するかのように胸を張り、誇らしげな口調で言った。
「ラーブとリーズにも、市長がいちおう仕事を用意しているみたいね。受けるか受けないかは自由だけど、受けたほうがいいと思うわ」
テイトが無言で眉を吊り上げた。客人と言いながら、大切な主君が束縛を受けるのかと思ったのだ。
ラーブはといえば、オレインの言葉をテイトとは違う意味に受け取った。
「わたしやリーズにできる仕事は少ないってこと?」
一般の人々がするような仕事はまったく経験がないので、自信はない。庶民の仕事を厭うつもりはまったくないが、子供のころから親の手伝いや奉公などで自然に仕事を覚えた一般庶民の少年たちと同じようにはなかなかいかないだろうとは思っていた。
しかも、魔族は人間の七倍の寿命があり、人間の七倍の時間をかけて成長するから、同年齢のように見えても、じつは七倍の経験を積んでいる。
生い立ちからも経験年数からもあまり役に立つとは思えないうえ、敵として憎んできた人間の少年を雇う魔族がいるかどうか、ラーブは不安を感じていた。
だから、市長が気を遣って、ラーブを受け入れてくれる職場を探してくれたのかと思ったのだ。
「そりゃあ、少ないでしょうよ。あなたたちにできる仕事なんて」
オレインがあっさりと、ラーブの心配を肯定した。だが、そのすぐあとに、ラーブの心配の半分を否定した。
「だけど、全然ないというわけでもないんじゃない? 塔の街では、働く気があるのに仕事がないということはまずないし、市長も、仕事がなさそうなので気を遣ったというわけでもなさそうだったし」
「へえ?」
ラーブは、ほっとすると同時に興味を持った。
「どんな仕事なんだろう?」
「わたしもよく知らないわ。その話をしたときの感じだと、たぶん何かの見習いじゃないかと思うけど。毎日本業としてびっしり働くという仕事ではなさそうで、そのぶん給料はあまりよくなくて、でもあとで自分の役に立ちそうな仕事という印象を受けたわ。でも、具体的に聞いたわけじゃないから、よくわからない」
ラーブはますます興味を引かれて、翌日、市長と会うのを楽しみだと思った。