同人誌で発表している長編小説のつづき11ページ目です。
はじめての方は「塔の街」1ページ目からお読みください。
同人誌をお読みになっていない方も、話についていけると思います。たぶん。
市長のもとを退出した一行は、きのうと同じ市営食堂で昼食をとった。きのうと同じく、オレインとオロファドも合流した。
メニューは、ユキイモの粥と料理のセット。料理は、ムグの煮込み、魚の燻製、その二つを半分ずつ組み合わせたものの三つの中から選べる。
「この店の昼食と夕食はたいてい三つから選ぶようになっているわ。三つのうちひとつは半分ずつの組み合わせだから、実質的に料理は二種類ね。食材に限りがある環境だとはいっても、やっぱり食べ物の好き嫌いってあるからね」
オレインの言葉に、リーズが大きくうなずいた。ムグが大の苦手だったからだ。味や匂い以上に、ネズミに似た動物を食べるというのが気持ち悪くてたまらない。いまも、ムグを避けて魚の燻製を選べるのはありがたいと思っていたところだ。
「夕食はきのうみたいに具だくさんのスープみたいな粥と軽食、昼食は今日みたいにユキイモをパン代わりに料理が二種類ということが多いわね。どちらかというと昼食のほうが重め。朝食はユキイモのパンケーキとトウヤギのミルクということが多いかな。今日の朝食もここで食べたんでしょう?」
「うん。パンケーキとミルクだった」と、ラーブが答えた。
「時間が早ければ、きのうの夕食の残りもあったと言われた」
「ああ、そういうこともあるわね」と、オレインが頷いた。
「残った料理は従業員の食事になったりもするけど、それでも残ったのは、次の食事時間にサービスで提供されることもあるわ。人間の社会でもそういうことあるでしょう?」
「さあ? どうだろう?」
ラーブとリーズは首をかしげた。旅の途中で泊まった宿や立ち寄った食堂では、とくにそういうことはなかったような気がする。
ふたりに代わって、サーニアが答えた。
「人間の社会では、残り物はより貧しい階層に下げ渡される。宿屋や食堂なら、貧民向けの食堂や施しものに。上流階級なら使用人に。上流階級では、急な来客があっても足りるように、来客に料理が少ないと思わせないように、つねに余分に料理が用意されるから、たいてい余る。使用人がそれを食べて、自分の分の食事が余れば、より下位の使用人に下げ渡される。そうやって最下層まで順に下げ渡されていって余った物があれば、最下層の使用人が家族に持ち帰ったり、貧民への施しものとなる。そんな仕組みがあるわ」
ラーブたちは頷いた。たしかに王宮ではそういう仕組みがあった。大皿に盛られた料理を食べたい分だけ取り分ける方式だから、もちろん食べ残しではない。まったく手を付けていない料理が余るので、使用人たちにとってはちょっとした楽しみだ。とくに最下層の下働きとなれば、王宮といえども貧しい家庭の者も多いので、家族へのお土産ができるのはありがたい。 「ああ」と、オレインも頷いた。
「人間の社会では貧富の差が大きいものね」
「もちろん、それは、宿屋や食堂や上流階級の場合ね」と、サーニアが補足する。
「使用人なんていない一般の家庭では、残り物を次の食事にまわすことはふつうにあるわよ」
「そりゃまあ、そうでしょうね」
「この街でも、階級の差がないとはいっても、お店には高級料理店から格安の市営食堂まで格差があるのでしょう? それなら、高級料理店の余りものを安い店で扱うということはないのかしら? 食材に不足しているのなら、そのほうが無駄がないと思うけど」
「ああ、ええ、まあ、そういうことはあるわね」
オレインが認めた。
「つまり、人間の社会でも、貧富の差が大きいなりに、上流階級の余りものを無駄にせず、貧しいものに多少なりともまわる仕組みがあるということね」
「そういうこと」
「それでも、そんな大きな貧富の差はないほうがいいわ」
「もちろんだ」と、ラーブが口をはさんだ。
「どんなに働いても食べていくのがやっととか、仕事がないためにどん底の暮らしをしていて抜け出せないとか……。そういう人たちはホルム王国にもたくさんいる。義父王も義母王妃もそういう貧しい人たちの救済に心を砕いてはいたが……。貧富の差をできるだけ縮めるのは、為政者の務めだと思う」 「わかってるならいいのよ」
そんな会話を、近くの席で食事をしていた魔族たちの何人かが興味津々で聞き耳を立てているのに気づいて、オレインはその話を打ち切った。
昼食の後レシュラのもとに出かけたリーズは、夕方、華やかでかわいらしいドレスをまとって帰ってきた。
レシュラが着ていたドレスと色違いで、下に濃い紅色、上に薄紅色の組み合わせ。レシュラが着ていた服に比べてドレープが少なく、軽やかな感じ。レシュラの服がおとなの女性向けなのに対して、リーズが着ているのは少女向けという感じがする。
「これ、いただいたの。どう?」
リーズが見せびらかすようにくるりと回転して見せる。
もちろん、リーズは王女だから、高価なドレスを何着も持っている。旅のあいだはずっと旅装に適した実用本位の服装をしていたが、エイリーク卿の城に滞在していたときや王宮にいたときには、それなりの服装をしていた。実用的とはいえないそれらのドレスはすべて王宮に残してきたが。
リーズが着飾ったところを初めて見るというわけではないのだが、これほど彼女の魅力が最大限に引き出されたところを見るのは初めてだ。旅のあいだに成長して女性らしい体型になってきたというのに加え、この斬新なドレスはたいそうリーズに似合っていた。
きれいだと、ラーブは内心で思ったが、口には出さなかった、それより気がかりなことがあったからだ。
「いただいたって……。すごく高価なんじゃないのか、それ? 半日働いた給料代わりにもらえるようなものじゃないだろう?」
リーズは眉を吊り上げた。賞賛の言葉をもらえなかったことに内心で傷ついていたが、口に出たのは微妙に本心とは別方向の怒りだった。
「ばかにしないで。わたしの意見はとっても高く評価されたのよ。センスがいいって。で、このドレスをいただいたの。目立つ場所に着ていけば宣伝になるからって」
そういえば……と、ラーブは思い出した。かつて王宮に出入りしていた商人たちが、王家に販売する商品とは別に、織物や宝飾品などを王妃や王女への贈り物として持参したことがあった。ラーブははじめ、賄賂みたいでいやだと感じたのだが、亡き前王妃、リーズの生母が笑いながら説明してくれたことがあった。これは新商品の宣伝のための贈り物で、とくに賄賂という意図ではないのだと。
「なるほど。宣伝のためなのか」
リーズが期待していたのとは別の方向にラーブが感心しているのを見て、リーズはますます腹を立てた。が、その怒りをどう口にしていいかわからず、むっとした表情でラーブをにらみつけると、着替えるために無言で自分の部屋に戻った。
まさかこのドレスを着て庶民的な市営食堂に行くわけにもいくまい。いったいこのドレスをどこに着ていけば、レシュラが期待しているような宣伝になるのだろう。
そんなことを考えていると、いつしかリーズの頭のなかでもまた、その悩みがラーブへのいら立ちよりも大きくなっていったのだった。