同人誌で発表している長編小説のつづき12ページ目です。
はじめての方は「塔の街」1ページ目からお読みください。
同人誌をお読みになっていない方も、話についていけると思います。たぶん。
その日の夕食時、サーニアとキトは別行動をしていたが、翌朝の朝食はいっしょにとった。そのとき、サーニアはラーブたちを夕食に招待した。
「自炊して食事もできるスペースがあってね。わたしの身内も含めて夕食会をしようと思うの」
「ムガシャに会えるの?」
ラーブは目を輝かせた。
ずっと魔族と知らずに接していたサーニアとキトを別にすると、サーニアの祖父ムガシャは、ラーブが初めて出会った魔族たちのひとりだった。二年前、義父のグンナル王を探す旅の途中で、生まれて初めて魔族たちと出会ったのがきっかけで、魔族と和睦することによって戦いを終わらせる可能性を考えるようになったのだ。
あのときムガシャはオレインたちとともにいたのだから、《塔の街》にいるのではないかと思っていたが、きのうはオレインにも市長にも聞きそびれた。
だが、サーニアはきのうのうちに役所で祖父の住居を調べてもらって、会いに行ったのだという。ムガシャがラーブたちにもレイヴにも会いたがっているというので、サーニアは夕食会を開くことにしたのだった。
ムガシャは、ラーブやレイヴとの再会を喜んでくれた。
「前回お会いしたときには、サーニアと親しい人とは思いもよりませんでしたな」
「わたしのほうこそ、サーニアさまのおじいさまとは思いもよりませんでした」
あのころ、ラーブは、サーニアのことを人間の老女と思い込んでいたのだ。
「聖玉の予言とやらのこともサーニアから聞きました。まったく、わが孫ながらややこしいことを……。いらぬご苦労をおかけしましたな」
「いいえ、とんでもない。以前は、正直いって、あの予言を重荷に感じたこともありましたが、あの予言から巡り巡って出会った大切な人たちとか、知り得た事実、学んだことなど思い起こしてみますと、いまではあの予言に感謝しています」
「なるほど」と、ムガシャが目を細めて笑い声を立てた。
「たしかに、ものごとには往々にして何が幸いするかわからぬことがありますからな」
それからラーブたちは、二年前にムガシャたちと別れてから起こったことを語り合い、旧交を温めたのだった。
サーニアは、鳥肉と根菜の煮込み料理や、中がとろけそうにやわらかいオムレツ、香りのよい香草茶など、心づくしの手料理をふるまってくれた。
「おお、ケパ鳥が出まわりはじめたか」
ムガシャがうれしそうに目を細めた。
「ケパ鳥?」
さまざまな鳥肉の料理は、王宮での食事に
もよく出たが、ケパ鳥というのは初めて聞く名前だ。
「冬はもっと暖かい地方で過ごし、春の終わりごろから秋の初めにかけてハウカダル島西部の海岸地帯で繁殖する渡り鳥よ」と、サーニアが説明する。
「ホルム王国ではなじみがないけれど、西海岸に位置する国々では肉も卵も重要な食材になっているわ。西海岸でも、南部より北部に多く飛来するの。このあたりの山々でも、海岸に面した西側の崖の岩棚にたくさん来て、営巣するのですって」
「えっ、ひなを育てている鳥を食べるの?」
リーズが驚いて訊ねた。王族や貴族が武芸の鍛錬を兼ねて狩猟をするときにも、猟師が狩猟をするときにも、繁殖期の野鳥や獣を狩るのは避ける。狩猟の経験がなくても、その程度の常識は知っている。
「もちろん、営巣中の親鳥を狩ったりはしないわよ」と、サーニアが答えた。
「ただ、到着を目前にして力尽きて海に落下する鳥とか、たどり着いたところで力尽きる鳥がいる。そういうのは貴重な食糧なのですって」
「ケパ鳥については、肉以上にありがたいのが卵だな」と、ムガシャが言う。
「ケパ鳥は鶏と同じく、繁殖期以外にも卵を産む習性があるのじゃ。そういった雛のかえらぬ卵は地面に産みっぱなしでな。拾い集めて持ち帰っても気にしない。なので、貴重な食糧じゃよ」
興味津々で聞いているラーブに、ムガシャは微笑んだ。
「寒さの厳しい山ではあるが、山頂の平原に棲むトウヤギ、同じく山頂平原に生息する鳥類や小動物、山頂や岩棚に生育する野草など、貴重な食の恵みはいろいろあってな。乱獲によって枯渇しないよう管理するのは市職員の重要な仕事じゃよ。ラーブ殿は市役所で仕事をすることになったと聞いたから、そういった山の自然の維持管理にも携わることになるじゃろう」
そういう仕事をさせてくれるということは、市長は自分を信頼してくれているのだ。いずれはホルム王国の国政に携わることになるだろう自分を信頼することによって、人間との和睦の道を探そうとしてくれているのだと、ラーブは改めて認識したのだった。