魔族狩りの日・その3

異世界ファンタジー小説の3ページ目です。
「聖玉の王」の外伝にあたりますが、物語としては独立しています。

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        3

 クペとガンザが言ったとおり、レイヴの熱がひくころにはサーニアもまた目覚め、元気になっていた。
「よかったわ。熱がひいたようね」
 サーニアはレイヴの額に手を当てて言った。
「それにしても、病気のときに、どうしてあんなところにいたの?」
「病気だったから」
 けげんそうにレイヴが答えた。彼にとっては当然のことだったので、どうしてそんなことを聞かれるのかわからなかったのだ。
「旅のとちゅうで病気になったのか?」
 ガンザが横からロをはさみ、なんとなくレイヴの頭に手を延ばした。
 レイヴはびくりとして、寝台にすわったまま後ずさる。その表情と見開いた目に警戒の色を見てとって、ガンザはとまどった。
「どうした?」
「そっちのサーニアって人はおれを助けてくれた」
 レイヴは視線でサーニアを示し、またガンザに目を向けて、にらむようにして言った。
「だが、おれを殺そうとしたやつもいた」
「ごめんよ」と、横からクぺが叫んだ。
「恐かったから短剣を抜いたんだ」
 レイヴはちょっと考えこむようにクぺを見てから、やっと、サーニアのそばにいた少年が短剣を抜いていたことを思い出した。
「おまえのことじゃない。最初に会った連中のひとりが、おれの足に傷を負わせ、殺そうとした」
「それはおれだ」と、ガンザが言った。
「人間と魔族は戦争をしている。おれたちは魔界の魔族たちとは袂を分かっているが、それでも、人間はおれたちを見つければ殺そうとするだろう。だから、ほかの人間に知らされないように、おまえのロを封じる必要があると思ったのだ」
「それはもっともだ。おれがおまえでもそう考える」
 最初に出会ったときの印象どおり、おとなの戦士のような表情で答えるレイヴを、ガンザはふしぎなものでも見るように眺めた。
 きのうサーニアの部屋で見たときのレイヴは、まったく頼りなげに見えた。もしも クペがもっと臆病か、人間に対する偏見が強いかで、恐怖に駆られて手にした短剣を突き出していたら、よけることもできずに刺されていたかもしれない。そう思わせるような頼りなさだった。
 ガンザが肩に触れたときも、部屋に連れ戻したときも、レイヴは抵抗せず、警戒心も見せなかった。薬を飲ませたときだけは少しひるんだようだったが、「神殿に行くのか」とわけのわからないことをつぶやいただけで、素直に薬を飲んだ。
 それが、今またぴりぴりするほど警戒し、おとなの戦士の顔を見せている。
 きのう見せていた頼りなさと従順さが、病気で心弱くなったせいでないことは、ガンザにはよくわかっている。
 最初に森で出会ったとき、この少年は、きのう目覚めたときよりもっとひどい状態で、あのまま放置しておけば死んでいたかもしれないほどの高熱を出していたにもかかわらず、戦意を失わず、敏捷な動きで剣をかわした。たいがいの人間なら、おとなの戦士でも、まったく健康な状態でも、命を落としていたにちがいないガンザの一撃を、この少年は、病んだ身で、足に傷を負っただけですませたのだ。
 ガンザがレイヴをあの場で殺そうと考えた理由のひとつはそれだった。
 見られたからというだけでなく、この少年はそれ自体が危険だと思った。子供だからと甘く見ないほうがいいと思い、 「子供だから」という理由でかばおうとするサーニアを甘いと思った。
 自分たちは魔界の魔族たちに加担していないが、それでも、魔族と人間は戦争をしているのだ。まだ子供なのに、おとな顔負けの戦い方のできるような者を生かしておくのは、行く末が恐ろしい。子供のうちに命を断ってしまったほうがよいと思ったのだ。もっとも、きのうのレイヴの状態を見た今は、そんな気持ちは消え失せていたが。
「それで、おまえはおれを殺したいと思っているのだな」
 レイヴが訊ねた。恨みも憎しみも含まない、ただ事実を確認するだけといった、冷静で淡々としたロ調だった。
「いや 今はそんなことは思っていない」
「信用できるものか」
「きのうはおれを信用しているように見えたが?」
「そんな覚えはない」
「おれが肩を抱いてここまで連れてきても、おとなしくしていた。おれの手から薬を飲み、おれの見ている前で目を閉じて眠った。おれを信用していたからじゃないのか?」
「違う」
「じゃあ なぜ、あんなにおとなしくしてたんだ?」
「きのうはちょっと、特別だったからだ」
「どう特別だったんだ?」
 レイヴはつかのま無言でガンザをにらみつけ、それから、しぶしぶといったようすでロを開いた。
「サーニアを殺してしまったと思った」
「それで動転していたのは知っている。だが、サ一ニアが生きているとわかったあとも、おとなしくしていた」
「そりゃあ あんな冷たくて動かなかったから……。よっぽどひどいケガをさせたと思ったんだ。ほんとに一日で治るなんて思わなかった」
「ああ、そんなに心配してくれたのね」
 サーニアがそう叫んでレイヴを抱きしめた。
 レイヴはつかのま茫然としていたが、すぐにはっとわれに帰り、サーニアを押しのけて身を離した。初めて会ったときや、さきほどガンザに触れられそうになったときと違って、恐怖のためでも、警戒心からでもなく、気恥ずかしかったからだ。
 ごく幼いころから人に抱擁されたことなどないので、こういう状況など慣れていない。まして、それでなくても、子供扱いされるのをいやがったり、若い女性に触れられることに気恥ずかしさを覚える年代である。
 しかも、ここには、ガンザやクぺやターナ、看病だか見張りだかですっとこの部屋にいたムガシャと名乗った老人のほか、いつのまにか集まってきた何人かの見知らぬ魔族たちまでいるのだから、なおさらだ。
 だが、レイヴの行動を、サーニアは誤解した。
「恐がらないで。わたしたちはあなたに危害を加えるつもりはないわ。信じてちょうだい」
「いや、あの……」
 レイヴがとまどい、ムガシャ老人が笑いだした。
「恐がってるんじゃないさ。男の子だからな。美人に抱きつかれて照れておるのさ」レイヴはまっ赤になった。
「……そういうんじゃない。子供扱いされるのがいやなだけだ」
 むくれると、一人前の戦士の顔が年相応の少年の表情となり、ガンザはほほえましく思った。が、レイヴの困惑しているようすを見ると、少し気の毒にも思い、助け船を出してやることにした。
「で、おまえ、どっかの神殿に行くとちゅうだったのか?」
 それは、はじめに聞こうとしていたことでもある。
「神殿?」
「きのう、薬を飲ませるとき、そうつぶやいただろ?」
「あ? ……ああ、そうか。 神殿に連れて行かれるのかと思ったんで、そう言ったんだ、たぶん」
「連れて行かれる? おれたちがおまえをどっかの神殿へ連れて行くと思ったのか?」
「ああ」
「どこの神殿へ?」
「ひょっとして」と、サーニアが口をはさんだ。
「エルダナ女神の神殿とか、パレモ神の神殿とかのこと?」
 それらの神殿では、病気の治療を行なっている。もちろん、人間の神殿なので、魔族の自分たちが近づけるはずがないのだが、熱を出していたうえに動転していたのであれば、レイヴには思いつかなかったのかもしれない。
 サーニアはそう思ったのだが、レイヴは首を横にふった。
「いや、そういうんじゃない。ずっと小さかったころ、……たぶん三つか四つくらいのときのことなんで、前後の事情とかよく覚えていないんだが、何かやらかしたんだと思う。薬を飲まされて、神殿に連れて行かれて、とても苦しかったという覚えがある」
「神託裁判か」
 ムガシャが思わずうめき、ガンザとサーニアが目を見張った。
「うん、たぶん。でも、小さかったんで、よくわからない。夢のなかのできごとだったような気もするし……」
「なんだよ、それ?」
 クぺが訊ねた。クぺとターナは、魔族と人間がともに暮らしていた時代にはごく幼かったので、人間の習慣のことはよく知らない。
「裁判の一種だ。人間は、判断に迷うと、神託というものに頼りたがる。罪人かどうかわからないとか、死罪にするほどの重罪かどうか迷ったとき、死ぬかもしれないし助かるかもしれないというような試練を課して、生き延びれば命を助ける」
 説明しながら、ガンザは レイヴが神託裁判を受けた理由に見当をつけた。
 三、四歳くらいの子供が神託裁判を受けるような罪を犯すとは、まず考えられない。親の罪に連座させられたか、黒髪のせいで魔族の血を引く者と思われたかだろう。
 人間たちのことはずっと探りつづけてきたが、ここ十数年間に、幼い子供までが連座させられるような大罪に問われた者はいなかったはず。だとすれば黒髪のせいだろう。
 魔族との戦闘に参加している騎士や兵士などは、黒髪の人間と魔族の区別ぐらいつくから、シグトウーナのようなつねに役人の常駐している都市で、黒髪の者が魔族と疑われて神託裁判を受けることなどありえない。
 だが、辺鄙な村などで、半ば自治状態になっているところでは、黒髪の旅人が流れてきたり、未婚の娘が黒髪の赤子を産んだときなど、どう判断してよいか迷い、かといって、魔族のことを知っている者が戦から戻ってくるまで待つのも恐ろしく、神託裁判でその者の運命を神に任せることがある。
「たぶんその少し前のことじゃないかと思うんだが、女が死ぬところを看取ったような覚えがぼんやりとある。その女はおれの母親で、おれが母親を殺したのかもしれん」
「それはありえんな」と、ガンザが断言した。
「三つや四つの幼児におとなを殺すのは不可能だ。おまえの母親かもしれんその女は、たぶん病気か何かで死んだんだ」
「ああ。うん。おれもそう思うんだけど」
 ほっとしながら、レイヴが答え、それから、どうして魔族たちにこんな話をしたのだろうと、いぶかしく思った。
 ずっとひとりで生きてきたとはいえ、多少は親しく話したことのある人間は何人かいる。そのだれにも話したことのない記憶なのに、会話のなりゆきとはいえ、人間と戦争をしている魔族にこんな話をするなんて奇妙なものだ。
「で、おまえはおれたちが神託裁判をすると思ったのか? サーニアを傷つけた罪によって?」
「うん」
「まあ」と、サーニアが叫んで再びレイヴを抱きしめたが、レイヴが身じろぎしたので、すぐに体を離した。
「かわいそうに。恐かったでしょう?」
「そりゃあ、まあ。……で、おれはどんな罰を受けるんだ?」
「罰したりしないわ。あなたは怯えていただけよ。なにも悪くはないわ」
「そんなはずはないと思うけど?」
 当感しながら、レイヴが言った。許してもらえるのはありがたいが、「なにも悪くはない」と断言されると、抵抗を感じたのだ。
「おまえはもう償った」と、ガンザが厳かに宣言した。
「おまえは逃げ出すチャンスを放棄してサーニアの身を案じ、神託裁判を受ける覚悟をし、毒物かもしれないと思いながら薬を飲んだ。それほど自分の行為に衝撃を受け、悔い、苦しんだ。人にかすり傷を負わせた償いとしてはじゅうぶんすぎるほどの償いをしたと思う。おれが証人だ」
 レイヴはサーニアを見上げた。それを決めるのはサーニアだと思ったからだ。
「ええ、じゅうぶんよ」
「ただし」と ガンザが言った。
「おまえをこのまま帰してやるわけにはいかん。おれたちは人間に見つかれば殺される。おまえの口からおれたちの存在を知られては困る」
「レイヴはしゃべったりしないわ」
 サーニアの抗議を、ガンザが制した。
「彼がおまえに恩義を感じているのはよくわかったから、故意にわれわれを売る心配はないだろう。だが、家族や親しい人間にぽろっと話したら、レイヴの意志がどうであれ、われわれの命取りになる」
「おれをそんなまぬけなおしゃべりだと思っているのか?」
 レイヴは気を悪くした。
「ついでに言えば、家族はいないし、よけいなおしゃべりをべらべらするほど親しい人間もいない」
「おれはおまえを信用する。だが、村の者がみんなおまえを信用するかといえば、そうはいかない。おれだって、初めはおまえを殺して口を封じたほうがいいと思ったぐらいなのだ。みんながおまえを帰すことに納得するまでは、おまえを帰すことはできない」
「それはもっともだと思う」
 おとなのような口調でレイヴが言ったので、ガンザは、微笑とも苦笑ともつかぬ笑みをもらした。
「この家の中は自由に行き来してよいが、ひとりで外に出てはいかん。外に出るときは、おれかクペがおまえを監視する」
「わかった」
 レイヴはうなずき、魔族たちとともに暮らすことに同意したのだった。


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