魔族狩りの日・その4

異世界ファンタジー小説の4ページ目です。
「聖玉の王」の外伝にあたりますが、物語としては独立しています。

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 魔族の一家との暮らしは、レイヴが初めて経験する穏やかで温かなものだった。
 暮らしはじめてほどなく、一家の血縁関係もわかった。ガンザとサーニアとクぺはきょうだいで、ムガシャ老人は三人の祖父。ターナもまたムガシャの孫で、ガンザたちのいとこということだった。
 ガンザは、雨が降っていないかぎり、毎日のように、村の他の男たちと狩りに出かけたり、ときには人間界の動向を探りに出かけた。どうして人間に見つからずにすんでいるのか、レイヴはふしぎに思ったが、立場からいって聞くべきことではないと思い、詮索しなかった。
 クぺは、レイヴの見張り役としていつも留守番をさせられることに、少し不満そうにしながらも、レイヴには好意的で親切だった。
 実際のところ、クぺは、レイヴをすっかり友だちと思うようになっていたので、留守番をしなければならないのは不満だったが、レイヴを放ってガンザたちについていくより、レイヴといっしょに外に出かけたいと思っていたのである。
 サーニアとターナもまた、あふれるばかりの受情をレイヴに注いだ。レイヴ本人が好きだったからでもあり、また、レイヴが家族も親しい友人もいないと言ったことにほだされたからでもあった。
 ふたりとも、とうに両親を亡くしており レイヴの何倍もの人生を生きてはいたが、 一時的にでもそんな天涯孤独の暮らしをしたことがなかったので、レイヴがひどく痛々しく思えたのだ。

「レイヴ、ずっとひとりでさびしくなかったの?」
 ある夜、一家が居間としているいちばん広い部屋に集まってくつろいでいるとき、ターナが訊ねた。
 その問いに、レイヴは首をかしげた。ひとりで生きるのは、レイヴにはあたりまえのことであり、ターナの感傷は理解しがたいものだったからだ。
「シグトゥーナには、そういうやつはいくらでもいるよ。戦争がすっと続いているし……」
 言いかけて、レイヴは、目の前にいるのがほかならぬ戦争相手の魔族たちなのだということを思い出した。
「戦争のせいだけじゃないけどな」
「気を遣わなくてもいい」と、ガンザが苦笑とも微笑ともつかない笑みをこぼしながら、ロをはさんだ。レイヴの気遣いが、自分を捕らえている者への媚ではなく、ターナに対する思いやりからだということがよくわかっていたので、ほほえましく思ったのだ。
「魔界の魔族軍の侵攻には、われわれも怒りを感じている。だからこそ 彼らと合流せずに、危険な人間の王国内にとどまっているのだ」
「人間のことを偵察してたんじゃなかったのか?」
「ああ。人問のことをまったく探っていなかったといえば嘘になるがな。人間の世界のことを探るのは、あくまで、われわれが生きのびるためと、戦いの動向を知りたいからだけだ。知り得た情報を魔界軍にもかつての仲間たちにも教えるつもりはない」「なんで? あんたらは魔族なのに?」
「われわれはかつて人間とともに暮らしていた。魔界軍が侵攻してくるまではな」
「何十年も前の話だろ?」
「そうだ。魔界軍が侵攻してきたのが四十三年前。戦いが激しくなるにつれ 人間は、自分たちとともに暮らしている魔族たちにも憎しみや不信の目を向けるようになり、人間の敵ではない魔族たちが数多く殺された。その虐殺から生き残った魔族のほとんどは 人間に背を向けて北に去っていき、数年のうちに人間の社会から魔族たちは姿を消した
」 「当然だ。どうしてあんたらは行かなかったんだ?」
「四十三年前には おれは、人問でいえば二十歳ぐらいの年齢だった」
 レイヴはぽかんとガンザを見つめ、それから、魔族がひどく長命だと聞いたことを思い出した。
「魔族は長生きだと聞いていたけど そんなに長生きだったんだな」
「ああ。魔族と人間が仲よく暮らしていた時代のことを覚えているのは、人間ではもう年寄りだけだが、魔族のほうはそうじゃない。おれは、少年時代の大切な時期を、何人もの人間の友だちに囲まれて育った。そのなかには親友と呼べるやつもいて、魔界軍が侵攻してきてまもないころ、いっしょに戦争に行き、そいつはおれをかばって死んだ。あとを頼むと言い残してな」
「あんた、魔族なのに、人間の軍に入って魔族と戦ったのか?」
「戦いの最初のころはそうだった。人間とともに暮らしていた魔族は、人間とともに戦った。おれたちにとっては、それは自然なことだった」
 ガンザの気持ちは、レイヴにもわかるような気がした。レイヴ自身は、人間でありながら、人間社会への帰属意識は希薄で、人間の親友もいなかったが、自分をかばって「あとを頼む」と言い残して死んだ者の遺志をむげにできない気持ちはわかる。
「同胞を殺された恨みはあっても 人間とともに暮らしていた時代のことをよく覚えているので、人間を憎みきれない。それに、生き延びるために魔界軍に合流した仲間たちはともかく、魔界からきた魔族たちに対しては、彼らがそもそもの元凶だという気持ちがあるので、すんなり合流する気にはなれない。ここに残っているのは、多かれ少なかれ、そういう気持ちを持っている者たちなのさ」
「クペとターナは? やっぱりそんな年上なのか?」
「おれは、人間の社会で暮らしていたのは、人間の六歳ぐらいにあたる年までで、ターナは四つぐらいにあたる年までだ」
 クぺが答えた。
「だからよく覚えてない。とうさんやおじさんやおばさんが人間に殺されたときの記憶のほうが強烈だ。でも、こっちに残ることは自分で選んだ。じいちゃんやガンザやサーニアといっしょにいたかったから」
「わたしも」とターナも言った。
「人間は恐いし、きらい。でもレイヴはクベと同じぐらい大好き。人間にもいい人がいるって、じいちゃんたちがいつも言ってるの、ほんとだったんだ」
「おれもレイヴは好きだぜ。ゴルやカザクなんかよりよっぽどさ」
 ゴルとカザクは、クペより少し年上の少年たちである。家が数軒しかないこの魔族の村のなかで、同年代といえるぐらいクぺと年令が近いのは、年下のターナを別にするとこのふたりだけだったが、最近、クペはこのふたりとうまくいっていなかった。
 もともと、仲が悪いというほどでもないが、あまり気が合うほうでもなかったところに、彼らがレイヴを目の仇にするので、クペは彼らにすっかり腹を立てていたのである。
「やつらとケンカするのがおれのためなら、やめてくれ」と、レイヴが言った。
「やつらがおれを嫌うのは おれとやつらとのあいだの問題だ。おれのためにおまえがいやな思いをすることはない」
「おれはあいつらのほうが悪いと思う。それは おまえとあいつらだけの問題じゃない」
 クペはきっぱり言い切った。
「あいつらは同胞で、おまえは友だちだ。家族も同胞も自分で選ぶもんじゃないけど、友だちは自分で選ぶもんだ。以前にガンザがそう言ったことがあったけど、よくわかった。おまえは、家族よりも……とは言えないけど、同胞よりだいじだ。家族と同じぐらいだいじだ」
 熱心に言って、クベはぎょっとなった。レイヴが涙を流しているのに気がついたからだ。
「おい。泣くなよ。おい……」
 クぺは恥ずかしいことを口走ったという気分になり、レイヴのほうは、クぺに言われて、自分が涙を流していることに気がつき、めんくらった。
目にゴミが入ったわけでもないのに、どうして涙が出てきたのかわからず、レイヴは当惑した。それは不快ではなく、むしろ心地よかったが、なんだか落ち着かなくて、奇妙な気分だった。

 このとき感じた心地よくて落ち着かない気分は、その後も尾を引いた。というより、この魔族の一家と暮らしはじめてからずっと、レイヴは、心地よくて落ち着かない気分を感じており、クペの言葉で、そんな気分が一段と強まったのだった。
 そして、この奇妙な気分は、レイヴが彼らのことをよく知り、彼らがレイヴのことをよく知っていくにつれて、日増しに強くなっていった。
 この奇妙な気分が強まったのは、たとえば、話のはずみで、シグトゥーナ市での自分の日々を語ったときであり、自分が魔族の血を引いているのではないかと、素朴な疑問を口にした時のことだった。
 レイヴの疑問をガンザは即座に否定した。
「おまえはたんなる黒髪の人間だ。黒髪の人間は、大陸のほうにはたくさんいるらしいがね。このハウカダル島には少ない。もともと少なかったが、今では昔よりもっと少なくなった」
 魔族狩りのとばっちりで、黒髪の人間の幼な子が殺されたり、無事に成長しても、みなに敬遠されて、年ごろになったときに配偶者が見つからず、子をもてなかったりして、黒髪の家系の子供が減ったのだ。
 だが、むろん、黒髪のせいで神託裁判などにかけられた経験をもつレイヴに、そんなことをわざわざ話す気にはなれない。
「安心したか?」
「安心?」
「魔族の血を引いてるんじゃないか、心配だったのだろう?」
「いや、べつに。心配するようなことでもないし」
「自分が完全に人間なのかどうかわからなくて、悩んでいたんじゃないのか?」
「悩むようなことなのか、それが?」
 問い返したレイヴのけげんそうな口調に、強がっているような響きはまったく見られない。
「黒髪のせいで、魔族の血を引いていると言われて、いやな思いをしてきたんじゃないのか?」
 これまで話題に出すのを避けてきたことだが、レイヴの淡々とした態度があまりにもふしぎだったので、ガンザは思い切って訊ねてみたのだった。
「ああ。おれは黒髪だから、力が弱かった小さなころは、よくそれで年かさのやつらにいじめられた。黒髪じゃないやつは、目つきが気に食わないとか、女だからとか、それぞれ別の理由でいじめられてた。おれがもし黒髪でなければ、別の理由でいじめられてたと思う。小さなころはな」
「なるほど。強くなったら、いじめられなくなったのか」
「ああ。他人をいじめるのが好きなやつが小さな子をいじめるのに、理由はなんでもいいんだと思う。自分より小さくて弱いというのが理由なんだ。たぶん」
「そいつはまあ確かに、もっともたな」
 ガンザは感心しながらうなずいた。
 黒髪のゆえにつらい思いをした人間の子供は、自分を卑下して投げやりになったり、 自分を完全な人間だと確信したいあまり、ほかの人間たちより強烈に魔族を憎むことがよくあるが、レイヴにはそんなところがまったく見られない。
 それは こういう視点をもっていたからなのだと、ガンザは納得した。
 幼いころのレイヴをいじめた子供たちには、おそらく、「他人をいじめるのが好きなやつ」と言い切ってしまっては気の毒な者もいることだろう。侵攻してくる魔族に対する恐怖、戦争で肉親を亡くしたゆえの悲しみを、黒髪の幼い子供にぶつけた者もいることだろう。ゴルとカザクが人間への恐怖と憎悪をレイヴにぶつけているのと同じように。
 だが、立場の弱い者を対象にしたやつあたりが、いじめの一種であるのも、自分の恐怖や悲しみをやわらげるために他人を痛めつけようとする嗜虐的な心情が心の底にあるのもまた事実。その意味で、レイヴの認識がまちがっているとはいえない。
「ある意味では、おれたちは正反対だな」と、ガンザが言った。
「おれたちは人間にも魔族にも思い入れをもっていて、板ばさみになっているが、おまえはどちらにも捕われていない。だからこそ、人間の世界に帰してやらなければと思っているんたが」
「いやよ」と、ターナが叫んだ。
「だって、レイヴは 帰ってもひとりぼっちなんでしょ? だったら、わたしたちといたっていいじゃないの」
「だが、 ここもそろそろ限界だ。魔族の間諜を警戒して、人間たちが領内をときおり捜査することを考えている。今までがんばってきたが、もう北の仲間たちと合流することを考えたほうがいいと思う」
「なら、 レイヴもいっしょに行けばいいじゃないの」
「人間は魔族を恐れるあまり、敵ではない魔族も殺した。それは魔族にもいえる。レイヴを連れて同胞たちと合流すれば、 同胞たちはレイヴを殺そうとするだろう」 「そんな同胞なら、合流するのはいやだ」と、クペが言った。
「十二王国の領域の外には、人間のものでも魔族のものでもない森がたくさんあるんだろ? そこでおれたちだけで暮らそう。村の者たちがいやだと言ったら、別れて、おれたちだけで暮らしたっていいじゃないか」
「それもいいなと思ってしまいそうだが、そういう世の中から背を向けた生き方をおまえたちにさせたくはない。レイヴにはもっと向かない」
「なんでだよ。勝手に決めるなよ。な、レイヴ、おまえだって、人間なんかと暮らすより、おれたちといっしょのほうがいいよな?」
「わからない」
 当惑しながら、レイヴが答えた。今までに出会った人間のだれよりも、 この魔族の一家が好きだったが、彼らと暮らすことへの違和感が日増しに大きくなっているところだったので、いっしょに暮らすのがいいのか悪いのか、わからなくなったのだ。
「なんでだよ? 人間のほうがいいのかよ? 人間なんて……。おまえ、病気の時だって、だれにも助けてもらえなかったんだぞ」
「それは人間のせいじゃないわ」と、サーニアが遮った。
「レイヴは旅のとちゅうで病気になったんだもの。そういえば、あのときどこへ行こうとしてたのか、聞いてなかったわね」
「べつに旅のとちゅうじゃない。病気だから、だれにも見つからないように安全な場所に隠れてたんだ」
「隠れて……って?」
「病気のときに人に見つかったら、自分の身を守れない だから、シグトウーナからあそこまで行って、隠れてたんだ」
 サーニアとクぺとターナが目を丸くし、ガンザでさえ驚いた。
「あなた 病気のときはいつもそうしていたの?」
「うん。といっても、めったに病気なんてしないけど」
「シグトゥーナでは安心できなかったの?」
「うーん、シグトウーナにも隠れる場所がないわけじゃないんだけど……。でも、まあ、離れたほうが安全だからな」
「そういうことじゃなくて……。助けてくれる人はいなかったの?」
「助ける……って? どうせ医者なんて、金持ちしかかかれないぜ」
「気にかけてくれる人とかは?」
「さあ? だれもおれが病気だとは知らないんじゃないかな。……変か?」
「変じゃないけど……」
サーニアはレイヴを抱きしめた。
「それは悲しいことだわ。……やっぱり、あなたをひとりにはできない」
彼女が泣いているので、レイヴは身を離すこともできず、とほうに暮れた。
サーニアのこの愛情表現にはだいぶん慣れたが、こんなふうにされたときは、いつも感じている落ち着かない気分がいっそう強まる。温かくて心地よいが、自分のいるべき場所ではないという感じがつきまとうのだ。
「もう、 ひとりにはさせないわ。わたしたちがずっといっしょよ。あなたには愛情が必要なのよ」
「違う」とレイヴは答えた。
「必要だったかもしれないけど、それはじゅうぶんにもらった。一生分ぐらいもらった。だからもう行かなくちゃならない。おれがあんたらにしてやれることがあるんなら、なんだってするけど、それがない以上、おれはもう行かなくちゃいけない。そのう、おれが行っても、あんたらが困るんでなければだけど」
「この子は戦士なのだ」と、ガンザが口を開いた。
「おとなの庇護のもとでぬくぬくと生きるようにはできてはいない。愛よりも自由と自立のほうが必要な者だっているのだよ」
サーニアにそう言うと、ガンザは、レイヴに、村のみんなが納得する形で、近いうちに帰してやると約束した。


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