魔族狩りの日・その5

異世界ファンタジー小説の5ページ目です。
「聖玉の王」の外伝にあたりますが、物語としては独立しています。

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 ガンザの話を聞いた村人たちは、おおかたは、レイヴを帰すことに同意した。彼らは、魔界の同胞たちに背を向けて人間の王国にとどまっているだけあって、人間に対して恐怖と憎悪だけではない感情をもっていたし、とくにレイヴと親しく話したことのある者たちの多くは、この人間の少年に好感情を抱いていたのである。
 だが、それでも、村人たちのほとんどは、レイヴを無条件に帰すことには同意しなかった。
「われわれのことを忘れてしまうよう、サーニアなら暗示をかけられるはずだ」
「でなければ声を出せなくすることだな。読み書きができないのなら、声が出せなければ、役人に密告できない」
「レイヴが密告などするはずがない。彼自身、生きるために行なった盗みで、 役人に追われる身なのだ」
 ガンザの言い分は受け入れられなかった。
「役人に追われる身なら、なおさら、捕まったときに、苦し紛れにわれわれのことを告げてしまうかもしれない」
「たとえそうなっても、レイヴはしゃべらないだろう。仮にしゃべったとしても、そのときには、われわれはここから立ち去っている。レイヴはこの村の位置を知らない。目隠しをして、彼を見つけた場所まで連れていけば、この村の位置をだれに教えることもできない。それではだめか?」
「だめだ。あそこからこの村まで近すぎる。なぜ、そうこだわる? われわれのことを忘れさせるぐらい、たいしたことではなかろう?」
「他人との絆なくして生きてきたあの子に、サーニアが与えたものは大きい。それを今になって取り上げたくはない。声を取り上げたくもない」
「大げさに考えるな。暗示なぞ一生つづくわけじゃない。なにか強いショックでもあれば消える。おそらく一年ももつまいよ」
「一年でも、人間にとっては長い。とくにあれぐらい年若い者にとってはな」
「われわれにとっては一年かそこらの不便ではすまない。命がかかっているのだぞ。それを忘れるな」
 村人たちが納得しないので、ガンザもあきらめ、記憶か声かをレイヴに選ばせることにした。

  「声が出せなくなったほうがいい」
 ガンザの話を聞いて、レイヴは即答した。
「あんたたちのことを忘れたくはない。出ていきたいと言っておきながら、こんなことを言うのはなんだけど」
「わかった。カズス草の汁を使おう。しばらくしゃべれなくなるが、五日か六日ぐらいで元に戻る。
「そんな短いあいだでいいのか?」
「ほんとうは一日だって必要ない。村の連中を納得させるための方便だ。サーニアの暗示でしゃべれなくすることもできるが、それだと、暗示が解けるまでいつまでかかるかわからないからな。……ただ、カズス草を使うと、しゃべれない間のどが痛むのだが、かまわないか?」
「それぐらい、どうってことない」
 それで、ガンザは レイヴにカズス草を煎じた汁を飲ませ、目隠しをして、村から連れ出した。村人たちのうち疑り深い者は、レイヴをわざと驚かせて、かすれたうめき声のような声しか出ないことを確認した。
 サーニアとクぺとターナが泣いているので、レイヴはすまなく思い、声をかけたくなった。が、声は出ない。もしも声が出たとしても、どのみちレイヴは、彼らに言うべき言葉を知らなかった。
 ガンザは、レイヴを最初に出会った藪のそばに連れていき、そこでレイヴは、ガンザの足音が完全に聞こえなくなるまで待ってから、目隠しを取り、シグトゥーナに向かって歩きだした。


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